Le Scarpette Rosse : 08
        <アカイクツ>  















その扉を叩くときは、大きな音で。
しかしなるべく、丁寧に。
殺され屋モレッティは、体に染み付いた教えをもう一度振り返った。
八時ジャスト、ゴンゴンゴン、と三回ノックして、返事を待たずに扉を開ける。
カーテンも引かれていない窓からは朝日が差し込み、ベッドから少し離れた床を照らしていた。

「……ん、……」

モレッティは苦笑して、寝台に近付いた。

「ミツキ様、朝ですよ」
「、るせぇな……寝かせろ」
「ちゃんと起きてるじゃないですか」

毛布はもぞ、と動いて、脇へ除けられた。
満月が起き上がる。
寝癖知らずの髪は、彼が軽く手を通しただけですぐに元通りに整った。
俯いて欠伸を噛み殺し、満月が枕元を探る。
捜し物が、彼の手から遥か遠く、床に落ちているのを見つけ、モレッティは屈んだ。

「落ちていましたよ」

サングラスを、その手に握らせる。
満月が軽く眉をしかめた。

「……悪い」
「いいえ。よく眠れましたか?」
「寝足りない。だから出てけ」

そう言いつつも、サングラスを掛け終えた彼の手はこちらへ向けられている。
いつものように衣服を一揃え渡して、笑った。

「スーツで寝るのはやめてくださいね」
「うるさい、俺の勝手だ」
「ダメですよ、良い物なんですから」

チッと舌を打ち、満月は手早く着替えを済ませていく。
脱ぎ終わった物が几帳面に畳まれていく様は、毎度のことながら圧巻だ。
先程まで確かに使われていた筈なのに、皺さえ伸ばされている。

「家光はどうした」
「親方様なら、九代目と外出中です。ちょっとミラノまで」
「……まさかとは思うが」
「ええ、そのまさかです」

最近のボンゴレは、ミラノのとあるカフェで作られているケーキにご執心のようで。
先日は仕事帰りの満月に買わせたようだが、今日は自ら足を運んでいる。
モレッティはふと、一番不憫なのはそのどちらにも付き合わされた家光なのでは、と思った。

「……。……平和だな」
「良いことじゃないですか」

きっちりとスーツを着込んだ姿は、昨日と変わらない。
強烈なモノクロのコントラスト。

「ミツキ様は、」

彼が僅かに顔を上げる。

「ネクタイ、緩めないですよね」

満月はひとつ頷き、枕の下から武器である細い糸を取り出した。
くるくると手首に仕込んでいく。

「俺なりの忠義だ」

さらりと、紡がれる。
さも当たり前だと言うように。
照れもせずに口にされ、鳥肌が立つのを抑えられなかった。

「……緩めないと、おかしいのか?」
「いいえ、それが正しい着方です」
「そうか」

満足そうな微笑みが、眩しい。

「朝食の用意は済んでいます」
「お前は?」
「いえ、まだですが……」
「じゃあお前の分も用意させておけ」

彼が先に立ってドアを開けた。後を追う。

「ご一緒させていただきますね」
「ああ……モレッティ」

思い出したように、満月は振り返った。
彼の瞳は何も映さない筈なのに、サングラスのぴったり真ん中に、自分の姿があった。

「おはよう」
「……おはようございます、ミツキ様」









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