Le Scarpette Rosse : 07
<アカイクツ>
「ミツキ、ちゃんと前を向いて歩こう」
掛けられた声に、いやいや、と首を振る。
「私の服を掴んでいていいから。ね?」
いやだ、いやだ。
「ミツキ……」
天下のボンゴレ九代目・ティモッテオが、困ったように呟き、満月の頭を撫でた。
少しだけ申し訳なく思ったが、満月は彼の服を握り締めることで応えた。
自分が身を置くこの世界は、「怖い」ものなのだ。
先日、たまたまボンゴレの屋敷で起こってしまった、他のファミリーとの抗争。
予想のつかない場所から、命を狙われる恐怖。
自分を誘う手が誰のものかも分からない。
何も信じられない。
住み慣れた屋敷なのに、何度も壁にぶつかり、階段からは二度落ちた。
ファミリーを守る為とはいえ、いつも優しい義父が声を荒らげるのを初めて聞いた。
「あ、九代目」
「おはようございます」
今だって。
掛けられる優しい声の中に、聞き慣れないものはないかと探ってしまう。
朝は、着替えを手伝いに来てくれた家光ですら疑った。
何よりも、恩を感じている筈のボンゴレを怖がってしまった自分が、情けない。
「今日からここがザンザスの部屋だ。覚えたかい?」
これから、ティモッテオの実子だという少年と顔を合わせるらしい。
行方不明だったのだが、ついこの間見つかったのだと聞かされた。
「迷ったら、すぐ誰かに聞くんだよ」
優しい言葉に小さく頷けば、再び頭を撫でられる。
コンコン、軽いノックの音。
中の返事を待たずに、ティモッテオが扉を開けた。
「入るよ、ザンザス」
空気が流れる。
窓が開いてるのかもしれない。
義父の陰に身を潜め、満月は俯いた。
――いやだ
全く知らない気配。
――こわい
「なんだよ」
「昨日言っただろう? 君の弟だ」
「……そいつが?」
「ああ。ミツキ、挨拶を」
ティモッテオの大きな手が、満月をずいと前に押し出した。
――いやだいやだいやだ
眩暈を覚えながら、自分の服の裾をただただ握り締める。
俯いたまま、呟いた。
「……は、じめ、まして……」
「……んだテメェ」
声変わり前ながら目一杯低く、威嚇するような声が、近付いてくる。
その気配がすぐ目の前に迫り、満月はますます体を固くした。
「どこ見て喋ってる」
乱暴に肩を掴まれ、突き飛ばされる。
転ぶ、――と思う間もなく、ティモッテオが背を支えてくれた。
「大丈夫かい? ――やめなさい、ザンザス。この子は……」
「そんなの関係ねぇだろ。俺を見ろ、顔くらい上げられねぇのかよ」
ぐ、と再び握るように掴まれた肩が痛い。
満月は唾を飲み込んだ。
「ザンザス」
「……じゃあ一生、ずっと下向いてろ、チビ」
「ザンザス!」
フン、と彼が鼻を鳴らした、その音を、耳を澄ませて掬いとる。
――どこ
悔しくて。
けれどやはり怖くて。
震えながら、顔を上げた。
――どこ
怖ず怖ずと片手を伸ばせば、ぐいと手首を掴まれる。
掌に触れる、柔らかく温かな肌の感触。
――ほっぺ、
少し上を触ると、固い部分に触れた。
――こめかみ、
僅かに瞼を上げてみる。
いつもと違うことをしたら、何かが見えるような、気がした。
「出来んじゃねぇか」
結局、何も見えなかったけれど。
先程よりも、ほんの少しだけ柔らかくなった声が、鼓膜を擽る。
「……ザン、ザス?」
「なんだよ」
試しに呟いてみれば、間髪入れずに返された声。
満月は反対の手も伸ばし、彼に触れた。
「ザン、ザス」
「変なとこで切って呼ぶな」
「ザンザス」
「だから、なんだよ」
何だか、自然と頬が緩んだ。
「……はじめまして」
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