Le Scarpette Rosse : 06
<アカイクツ>
「ボス、やはりそうです。リボーンはジャッポーネに旅立った模様」
薄暗い部屋で、幹部だけが顔を突き合わせている。
ボスと呼ばれた男が、葉巻を口から離し、ニヤリと笑った。
「傘下に入って二十年……ようやく、先代の恨みを晴らす時が来たようだな」
男は再び葉巻をくわえた。
「ボンゴレめ……叩きのめしてくれる」
扉がノックされる。
ボスに視線を送られ、側近が応えた。
「誰だ」
ガラガラと響いた轟音。
見れば、重い樫の扉が八つ裂きにされ、崩れ落ちていた。
漂ってくるのは、胸を悪くするような血臭。
「何者だ!?」
幹部全員が銃を取り出す。
扉から一番近い場所に居た二人の男が、不意に動きを止めた。
「え、」
「あ……?」
「おい、どうした!?」
二人の男はスッと振り返り、それぞれ隣に居た男へ銃を向けた。
「な、何しやがる!」
銃口を向けられた二人の男は、慌てて彼らに銃を突き付けた。振り返っている二人が青ざめる。
「違うんだ! 体が勝手に……!」
「そんな訳あるか! テメェ……っ、な、何だ!?」
二人、また二人、更に二人……。
二人ずつ、銃を向け合う部下達。
気付けばボス以外の全員が、自分の意思で身動きを出来なくなっていた。
「ボス!!」
「た、助けて下さい!!」
ボンゴレという巨大な組織の、更に下。
各所での待遇だって、決して良くはない。
そんな中でも、長年自分についてきてくれた者達なのだ。
ファミリーは、ボスである自分が守らなければ。
部屋の奥で、ボスは震えを最小限に抑えながら、銃を構えた。
「そこに居るのは誰だ! 何処のファミリーに雇われた!?」
訪れる静寂。
ゴクリと唾を飲み込む。
やがて、ピシャ、パシャ、と水を跳ね上げるような音が聞こえた。
「……あぁ?」
地を這うような、低い声が近付いてくる。
ピシャ、パシャ、
パシャ、ピシャ、
ビシャッ
鉄に似た、臭い。
薄明かりでも分かる、濃い色の液体。
跳ね上げられているのは、水では無い。
「冗談じゃねぇ」
腕を組みながら、一人の男がこちらへ歩いてくる。
暗がりに融けるような漆黒の髪と、一切飾り気の無い漆黒のスーツ。
まるで喪服だ。
そこに浮き上がる、白いシャツ。
白皙を際立たせる黒のサングラスが、僅かな明かりに光を返した。
強烈な、モノクロのコントラスト。
「と、止まれ!」
ボスは引き金を引こうと、指に力を篭めた。
体は、ぴくりとも動かすことが出来なかった。
「俺を、そこらの雇われと一緒にすんな」
男は組んでいた腕を解き、軽く両腕を広げる。
幹部達が、銃を手から落とした。
ピアノを、ハープを弾くように男の指が奏でたのは、異様な重い音。
部下の四肢があらぬ方向へ折れ曲がる。
「やめろ!!」
男は両手をふわ、と宙に舞わせた。
繊細な形のそれを握り締め、くん、と左右に引いた。
グシャ、
目だけは自由に開閉できる。
そのことを神に深く感謝したくなった。
思わず瞑ってしまった瞳を、ゆっくりと開いていく。
目の前には、赤い海と、無数に散らばる「断片」。
声が、息が、掠れる。
扉の向こうの様子も、これなら見ずとも知れるというものだ。
「……殺すなら、殺せ」
「言われずとも」
両手首をゆっくり回し、男は進む。
形の良い唇が、静かに動いた。
「……テメェには、同情してやらないこともない」
ボスの手が、勝手に開く。
持っていた銃が血溜まりに落ちる。
「が。貝を割ろうってんなら話は別だ」
「……っ、貴様、ボンゴレか?」
何かで、ギリギリと首を締め上げられる。
――以前、聞いたことがある。
少女を、その意思に構わず踊り狂わせた「靴」のように。
標的の自由を奪い、意図しない形で「踊らせる」ボンゴレの殺し屋。
「……Le scarpette rosse……!」
「死んでも踊れ」
首に、腕に、脚に、躯に、鋭い痛み。
最期に見えたのは、部屋中に張り巡らされた細い糸だった。
「お前の仕事の跡は、っとに……見られたもんじゃねーな」
「るせぇ」
「はいはい」
家光は肩を竦めて苦笑した。
仕事の後の満月は、基本的に機嫌が悪い。
不慣れな場所故にもたらされる疲れも、原因の一つだろう。
「取り敢えず帰るか。風呂にするか? 飯にするか? それとも」
「飯。……どこの夫婦の会話だ」
「お! お前もついに冗談が分かるようになったか!」
はっはっは! と笑えば、 舌打ちが返される。
「怒るなって」
家光はアクセルを踏み込んだ。
車はスピードを上げ、角を曲がる。
助手席から不意に突き出された手。
ちらと見遣り、自分の携帯電話を握らせる。
カシ、と軽い音。
満月が電話を耳に当てた。
「……\世、俺だ」
他人の携帯を使いながら「俺だ」と名乗る奴が、どこにいるというのだ。
案の定、彼は渋々「満月だ」と言い直していた。
「ああ、終わった。……あぁ? 知るかよ。……は? 待っ……切りやがった」
「何だって?」
「『茶菓が無いから買ってきてくれるかい?』」
「おお……」
育ての親はやはり、やることが違う。
しかしこの不機嫌の隣に居る自分の身にもなって欲しい。
助手席から立ちのぼる負のオーラを吹き飛ばすように、家光は笑った。
「ま、まぁ。ほら、帰りの道で寄っていけるじゃねーか」
「『先月ミラノのカフェで食べたケーキが美味しかったねぇ』」
「……そうか」
満月が、溜め息をつきながら腕を組んだ。
「……お前に任せる」
「おう、任せろ」
サングラスの奥で、瞼がゆっくりと下りていく。
家光は苦笑を漏らし、ハンドルを切った。
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