Le Scarpette Rosse : 09
        <アカイクツ>  















「ミツキ……!?」

――指先から伝わる、戸惑いと怒り

満月は、応えずに手首を回し、糸を掴んだ。
グッと引き締める。
逃がさぬように、けれど決して壊さぬように。
だって、今捕らえているのは――

「クソッ! 放せ、ミツキ!!」

ギ、と軋む糸。

「――っ」

猛獣のような激しい抵抗に、自分の指が負ける。
細かな痛みが両手を襲った。
濡れた感覚。
それでも、満月は糸を更に引き絞った。
絶対に、傷つけたくは無いから。
微塵も、動けないように。

「テ、メェ……ッ! 何故あのジジイについた!? お前は……!!」
「……俺、は、」

腕の震えを抑えながら、満月は顔を上げる。
「見る」ことは、たったひとつの、約束。
顔を上げ、喉の奥から声を絞り出した。

「誰についた訳でも、仕えた訳でもない。俺は、ボンゴレの人間だから、」

感情を、最も豊かに表すのは目だというが。
世界を映さないこの瞳は何故、心の内側だけを、都合よく映すのだろうか。

「貝を割ろうとするなら……ザンザス、ボスだろうがその息子だろうが、容赦はしない!」
「じゃあさっさと殺せ! 何でテメェがそんな顔してやがる、このカス!!」

――こんな目、抉り出して潰してやりたい









「ミツキ!!」









ハッ、とした時には、力強い腕に後ろへ引き倒されていた。
体が一瞬浮き、前に出そうとしていた左足だけが何も無い空間を掠める。
背中を派手に打ち付けるかと覚悟したが、温もりが、それ杞憂に終わらせた。

「あ……っぶねーな! 何してんだお前は!」

朗々と広がる家光の声に、ようやく息を吐き出す。
自分を受け止めたその手に導かれて座り込むと、違う手が優しく肩に触れた。

「怪我は無いかい?」
「……\、世」

それと思われる場所に顔を向ける。
冷や汗の浮かんだ額をそっと撫でられ、満月は思わず肩を竦めて顔を背けた。

「……此処、」
「玄関に向かう階段だよ。踏み外すなんて、珍しいじゃないか。考え事かな?」

そっぽを向いたまま、聞こえないふりをする。
スーツの埃を払いながら立ち上がり、軽く髪を掻き上げた。

「何だっていいけど、気をつけろよ」

降ってくる小言に軽く顎を上げ、強い調子で声を放る。

「悪かった」
「もーちょい心篭めて言ってくれ……」

家光の溜息が、心を解した。

「そうだ」
ティモッテオの楽しそうな声。

「今からナポリにランチに行くんだが、ミツキも一緒においで。暇だろう?」
「あぁ? 何でそんなとこまで……つーか仕事は」
「気にしてはいけないよ」
「……\世、」
「さあ、行こうか!」
「ったく……何で止めなかった、家光」

軽く腕を取られ、不本意ながら歩き出す。

「こういう時の九代目は、頑固だからな」
「テメェが諦めてどうする」

二人の笑い声に挟まれ、満月はゆっくりと、今度は確実に階段へ足を下ろした。



最後に触れた傷痕の感触を、未だ鮮明に覚えている。









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