Le Scarpette Rosse : 04
        <アカイクツ>  















学校の裏に、こんな静かな場所があったなんて。
ディーノは木々の合間から覗く空を見上げた。
鳥の囀りが、疲れた心を落ち着かせてくれる。

「おい、ディーノ」

突然後ろから声を掛けられ、ディーノはビクッと肩を跳ね上げて立ち止まった。
振り返りたくはない。
しかし体はぎこちなく、後ろに向く。

「……よう、ズッコ」

ニヤニヤと笑みを浮かべるのは、学校の中でも特に意地の悪いズッコとその取り巻き達。

――ああ、今日も絡まれるのか……

ディーノは妙な諦めを持って、俯きがちにズッコを見た。
目線の先に、制服の上からでも分かる出っ張った腹が揺れていた。

「ちょうど良い所に居るじゃねぇか。飲み物買って来い」
「な、何でオレ、が……」
「オイ、へなちょこー。お前、ズッコに逆らうのかよー」
「あーいや、そういう訳じゃなくて……」

目の前にズッコ。
周りを取り巻きに囲まれ、ディーノは後退ることも出来ず、へらへら笑っているので精一杯だった。









「ちっ」









だから、そこで聞こえた舌打ちに、無意識に縋った。
その場の全員が音のした方を睨む。
はっと息を呑む程に美しい漆黒の髪と、透き通るような白皙の、強烈なコントラスト。
同じ制服を着ているはずなのに、何故か彼が着ると格調高い物に思える。

「誰だ、テメェ」

ズッコが凄む。
誰何する取り巻き達の中心で、ディーノは気付いた。
彼は、自分のクラスメイトではないだろうか。
いつも、窓際の、一番後ろの席に座っている少年だ。

「……あぁ?」

気品溢れる少年から発された、ドスの効いた声。
取り巻きの何人かが一瞬震えたのを、ディーノだけが見ていた。

「どこのクラスだ? コイツ」
「ズッコに舌打ちする奴なんか初めてだぜ」

自分と大差ない体格の少年に、大柄なズッコが近寄る。
あっと声をあげる間もなく、ズッコが彼の胸倉を掴んで立たせた。

「何か文句あんのかよテメェ! ああ!?」
「るせぇ」

彼は顔も上げずにぽつりと呟き、片手でズッコの横面を張り飛ばした。

「ズ、ズッコ!?」
「ズッコォォォ!!」

慌てふためく取り巻き達はズッコに駆け寄る。
覚えてろ! などと安い台詞を残して彼らはズッコを運んでいった。
取り残され、ディーノは恐る恐る少年を見た。
彼はこちらを見るでもなく、ポケットを探り、銀色の懐中時計を取り出す。
蓋を開け、時間を確認する少年。
その蓋に彫られた紋章を見て、ディーノは腰を抜かし、座り込んでしまった。
貝と銃弾。
そのマークは。

「ボ……ボンゴレ……!?」

彼がちら、とこちらに顔を向けた。

「あぁ?」
「あ、あああの、ありがとな!」
「叫ぶな、うるせェ」

感謝の言葉を無下に扱われ、思わず押し黙る。
確かに、彼に迷惑を掛けたことは悪いと思う。
が、まずは言葉を受け取ってくれてもいいのではないか。
少年はディーノのむっとした視線には目も暮れず、段差に腰を下ろした。

「返事が無いなら、死んだと見なす」
「え……えぇ!? な、何だよそれ!」
「だから叫ぶなっつってんだろーが。聞こえねぇのか」
「ごめん……」
理不尽な言葉に声をあげれば、また冷たくあしらわれる。
俯くディーノの前で、少年が溜息をついた。

「……テメェらのせいで鳥が逃げた」
「え?」

目を伏せて、残念そうに呟く彼を見ていると、罪悪感に襲われる。

「ご、ごめんな」
「別に。もういい」
「うっ。……あ、のさ」

ディーノは少年に、笑顔と右手を差し出す。
彼はゆっくりとこちらを見上げた。
開かれる双眸。
髪と揃いの黒曜石が伺える。

「オレ、ディーノってんだ。クラス一緒だよな? よろしく」
「……ミツキ。ミツキ・ヴィオーラ」

そう答えたきり、彼、ミツキは何もアクションを起こさない。
ディーノは宙に置き去りにされた右手を、手持ち無沙汰に握った。

「あの……握手とか、嫌い? ならいいんだけど、」
「握手?」

ミツキが怪訝そうに聞き返す。
ディーノはそこでようやく、彼が握手に応じない理由に気が付いた。









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