雷鳥 : 17
















まるで人さらいのように連れていかれた家。
いつの間にかウィンリィ・ロックベルは、すっかりパーティーに馴染んでいた。
間違いなく家主、マース・ヒューズのお蔭だ。
幼馴染みの兄弟に関する話を聞いてもらって少し落ち着いたとき、インターホンの音がした。
グレイシアが玄関へ向かい、銀髪の男性を伴って戻ってきた。
エリシアがウィンリィの膝から下りて駆け出した。

「おにいちゃん! こんばんは!」
「こんばんは。誕生日おめでとう、エリシア」

髪の色で一瞬戸惑ったが、声は思ったより若い。
男はエリシアの頭を一撫でして、持っていたプレゼントを手渡した。

「ありがとう! わーい見て見てー!」

友達の元に走っていく彼女を温かな眼差しで見送り、男は部屋を見渡す。
そして此方に軽く手を上げた。
思わずウィンリィはどぎまぎし、一拍おいて、自分でなくヒューズに挨拶したのだと気付いた。

「(恥ずかし……っ)」
「よく来たなオルニス! もう今日は無理かと思ったぜ」
「俺も、もう終わってるかと思った……」

此方にやって来たその人は、傍らのウィンリィを見て首を傾げる。
ヒューズが笑った。

「ウィンリィちゃんってんだ。エルリック兄弟の幼馴染みなんだよ」
「ああ……もしかして、機械鎧整備士の?」

疑問符は明らかに自分へ向けられていて、今度はウィンリィが首を傾げた。
ヒューズが彼を指差す。

「こいつはオルニス。ほら、マスタング大佐って知ってるだろ? あの弟だよ」
「えっ!」

あの大佐の弟、そしてどうやら兄弟を知っているらしい。
つまり、彼らに迷惑を掛けられたことがあるに違いない。
あっという間に方程式が成り立ち、ウィンリィは慌てて立ち上がった。

「ウィンリィ・ロックベルです。その、エドとアルが……ううん、エドがいつもすみません」

オルニスが小さく笑う。

「エドワードだけなんだな?」
「えっ? あっ、まさかアルもですか!? あいつら……!」
「いや違う、気にしないでくれ。オルニス・アドラーという。よろしく」

苗字が、と呟くと腹違いでね、と返された。
ウィンリィが気まずく謝る前に、彼は宙を見てそうか、と呟く。

「エドワードは、腕を壊したんだったな」
「そうなんです。こないだ直したばっかだってのに、無茶ばっかりで」

自分の過失は少し脇に置いてぼやくと、穏やかな笑顔が頷いた。

「……まあでも、それがないと『らしくない』んだろう?」

見透かすような言葉に、ウィンリィはえへへと苦笑する。

「そう、なんですよね。ほんと、らしいって言うか何て言うか」

また一つ頷いたオルニスが、不意にヒューズへ目配せをした。
片眉を上げて、ヒューズが立ち上がる。

「悪い、ウィンリィちゃん」
「あ、いえ……」

隅の方へ歩いていく二人。
オルニスからは穏やかな表情があっさり消えて、ヒューズを睨むように見つめている。

「おねえちゃん! あっちで一緒にあそぼ!」
「あ、エリシアちゃん、そっちは……」

図らずも、大人二人の近くでままごとに参加することになったウィンリィは、ちらと上を見た。
聞いてはいけないと思いつつ、つい耳を傾けてしまう。
だって、あの二人の名が出てきたのだ。

「聞いたぞ、マース。変なところに首を突っ込んでるそうだな」
「変なところってこたあねぇだろ。エドとアルの調べものに付き合ってやってるだけだよ」
「賢者の石だろう? あれは俺達の領分だ。一般人が関わるべきものじゃない」
「なら、お前が助けてやれよ。何か……知ってるんだろ?」
「あいつらには別の方法を探せと言ってある。これ以上口出しをする気はない」

オルニスがヒューズの肩を掴む。

「それより、アンタと少佐だよ。もう手を引いてくれ、頼むから」

ヒューズが手を払って怪訝な顔をした。

「何だよオルニス。お前こそ『らしくない』ぞ、どうしたってんだ」

問われたオルニスが、何処か傷ついたような表情で押し黙った。









あの楽しい誕生会から数日後、ヒューズは、夜の軍法会議所を駆けていた。
書庫で突然暗がりから現れた黒いドレスの女。
正体が全く分からない。
何故あんなところに入り込んでいたのか。
あの伸びる爪のようなものは何だ。
ナイフを頭に命中させたのに、それでも死なないとはどういうことだ。
おかしい。いつも呆れたように小言を言う女性軍人が、ヒューズの傷を見て小さく悲鳴を上げる。
悪いとは思うが、構ってはいられない。
一刻も早く、これを伝えなければ。
直中に置かれていて、きっと真っ先に知っておかなければならない、弟分へ――

「(――待てよ)」

本当に、「彼」に伝えるべきなのか?
この国を使って、何かを企むものがいる。
それは間違いなく、このアメストリス国軍の中にいるのだ。
頭の中に、あの不器用な笑顔がよぎる。
あの不器用すぎる言葉がよぎる。
ヒューズは、一度上げた受話器を握り締めた。
オルニス・アドラー。
親友の大切な弟、自分の大切な弟分、娘の大好きなお兄さん。
雷の錬金術師、ドクターマルコーの共同研究者で、第五研究所の管理者。
そして忘れもしない。
彼の最初の役職は、大総統付き補佐官だ。

「――くそっ!」

ヒューズは受話器を叩きつけ、項垂れた。
ここには、もういられない。
呼び止める声を断って、建物の外を目指した。
ダイヤル出来なかった自分が悔しい。
何故、信じられない。
何故、大切な弟分を信じてやれない。
何度自問しても、それに対する答えは一つしかない。
この考えが合っているなら、彼は間違いなくクロだからだ。
兄にも、自分にも、彼はいつも言うのだ。
変なところに首を突っ込まないでくれ、と。
それが彼からの牽制だったと、信じたくはない。
きっと他意はなかったのだ。
否、せめてあの忠告は、彼の良心の表れだと信じたい。
「(何か、訳があるんだろう? オルニス)」

きっと何か理由があって、企みに関わっている。
きっとそうだ。
そうであってくれ。
祈るような気持ちで彼の兄へ電話を掛ける。
いつもの手順が、酷くもどかしい。

「早くしろ! 軍がやべえ!!」

背後に誰かが立つ気配。
拳銃を向けられる音。

「受話器をおいていただけますか、ヒューズ中佐」

マリア・ロスの声。
ヒューズは振り返った。

「さあ、受話器を」

こんなところで、死んでやるつもりはないんだ。
ヒューズは、ひきつった笑みを浮かべて答えた。

「ロス少尉……じゃねえな。誰だ? あんた」









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150113