雷鳥 : 16
















悪魔の研究。
ドクターマルコーの研究を解読し、辿り着いたそれには、まだ何か隠されているように思えた。
探るべき場所は、元第五研究所だ。

「名目上は、バスク・グラン准将の管轄だが……先日、傷の男の襲撃で亡くなっている」
「あら……? いいえ、少佐、確か……」

ロスがアームストロングを見上げた。

「グラン准将の管轄は、アドラー中将が引き取られた筈です。適任者が見付かるまで、と条件付きで……」

アームストロングが目を瞠る。

「……まさか」
「なるほど、な」

エドワードは呟き、地図を睨んだ。

「(ただの知り合いっていうんじゃなさそうだ)」

東部の小さな村で、マルコーは親しげにオルニスのことを口にしていた。
やはり彼は、賢者の石のことを知っていたのだ。
それでいて、自分達に隠した。
自分達が、残酷な真実に行き着いてしまわないように。
石の正体に気付いた時、兄弟はそう結論付けた。
しかし果たして、本当にそれだけだろうか。
何か、彼らと軍上層部が隠していることは、その他にもあるのではないか。
オルニスの疑惑に衝撃を受けていたアームストロングは、上層部に探りを入れてくれるという。
有り難いが、研究所の方は別だ。
気になることは、調べなければ。
そして深夜、エドワードはアルフォンスと二人で宿を抜け出した。

「オルニスさんは、さ」
「ん?」

アルフォンスが、ほんの少し俯く。
初めて会ったときの印象が強いのか、弟はやたらとオルニスを気にしていた。
再会した時の冷遇に対しても、ただ一回目とのあまりの違いに衝撃を受けていただけだ。
そして現状では、疑うことも信じることも出来ないまま戸惑っている。

「僕たちがショックだろうと思って……ああ言っててくれたんだよね」

二人で出した結論を信じきろうとするアルフォンス。
エドワードは先に立って駆けた。
アルフォンスが慌ててついてくる。

「当然だろ、アル」

空元気も、ただの思い込みも、続けていればいつか本当になるかもしれない。
弟がそうしたいなら、付き合ってやろう。
エドワードだって、仮眠室で話をしてくれた彼のことを信じたい気持ちが強いのだ。

「そうに決まってる」

弟と二手に分かれ、エドワードは研究所の内部を探った。
この建物、閉鎖されている筈が、明かりがついていたり、見張りの兵士がいたりとやはり怪しい。
最も怪しい点は、この、空洞の鎧だ。
長い刀を携え、その番人は言った。

「ある人から、追い返せと命を受けたのでな。悪いが、この先には行かせんぞ」









それはまるで、あの頃のようだった。
キング・ブラッドレイがホムンクルスで、仲間達と「お父様」がいるのだと知った頃。
まだ、大総統補佐官になってすぐのことだ。
その頃はバイルとの距離感も掴みかねていて、一瞬も気の休まる時がなかった。
或いは、激戦のイシュヴァール。
自分の陣営がいつ狙われても分かるよう、若しくは賢者の石がいつ嗅ぎ付けられても良いように。
熟睡することなんて、出来なかった。
そう考えれば、自分も随分ふてぶてしくなったものだ。
深夜、気配を感じて目を開ける。
オルニスは感覚を研ぎ澄ませた。
部屋の隅に佇む者がいる。
ベッドの中で眠っていた時の格好のまま瞬きをした。

「何だ」
「いやいや。何だ、じゃないでしょ、ねぇ」

人を食うような笑顔で、腕組みしながら近付いてきたのは「嫉妬」の名を持つエンヴィー。
寝起きの頭を急速に覚醒させて、オルニスは跳ねるように起き上がろうとした。
襲ってきた衝撃に、動きを阻まれる。

「ふざけんなよ、オルニス。お前が何だよ。え?」

毛布の上から押さえ込むように跨がったエンヴィーが、苛立った様子で吐き捨てた。

「何オチビさん達に嗅ぎ付けられてんのさ。しかも勝手に奴等に命令出してるし」
「あの兄弟に嗅ぎ回られたら困るんだろう? きちんと遠ざけてやったじゃないか」

ははは!
嘲笑が部屋に響く。
笑顔を消して表情を歪ませたエンヴィーが、額と額が付くほどに顔を寄せ、低い声で囁いた。

「手ぬるいんだよ、お前」

オルニスは眉を顰め、相手を睨み上げる。
その表情もまた気に食わないのだろう、エンヴィーが顔の真横に拳を突いた。
本性を剥き出しにした醜悪な笑顔が、オルニスを見下ろす。

「勝手なマネしたら、お前が守ってるモノぜーんぶ、このエンヴィーがぶっ壊すからな」

やってみろよ。
心の中で、オルニスは呟いた。
思い上がるな、人造人間。
心の中で、オルニスは呟いた。
しかし、ラストやラース、プライドなど、理性のある者とは違う。
エンヴィーやグラトニーは、少しの失言で短絡的な行動に移りかねない。
オルニスは渋々、形だけ頷いた。
嫌がらせのように、腹の辺りに思いきり体重を掛けてエンヴィーが退いた。
実質嫌がらせなのだろう。
オルニスが呻いている間に、エンヴィーは立ち去った。
額の汗を拭って、天井を仰ぐ。
知らぬ間に抑えていた息を吐き出した。

「(疑え、エドワード。俺のことを、好きなだけ)」

自分に目が眩んで、周りが見えなくなればいい。
傍にある危険に気付かず、触れずに諦めてくれればいい。
奴らから逃れていってくれればいい。
そうして全てを自分達で終わらせることが出来れば、それでいい。

「(……嗚呼、)」

昔、同じ咎を背負って道を違えた男の、去り際の姿を今なお鮮明に思い出す。

「頼む、見逃してくれ、オルニス。私はもう繰り返したくない。繰り返させたくないんだ」

涙ながらに訴えた彼の言葉を、何度も何度も思い返す。
あの時縋られたオルニスが、今はその言葉をよすがにしているなんて。
マルコーが知ったら、きっと申し訳なさそうに笑うことだろう。

「そうだな、マルコー」

呟いた言葉は、夜の闇に吸い込まれた。









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150113