雷鳥 : 15
















エルリック兄弟を無事に中央へ送り届け、後の護衛を信頼できる部下二人に任せた。
どうやら二人とも、自分のいない間に「恩人」に会っていたらしい。
きっと後で話を聞くことになるだろう。
アームストロングは、中央司令部の廊下を歩きながら小さく微笑む。
それはそれで、楽しみだ。
しかし、明るい事柄ばかりが待っているわけでもない。
兄弟の故郷へ向かうその途中、東部の町で出会った人のことが、頭から離れないでいる。
賢者の石の研究者はこう切り出した。

「一つだけ、私からも聞かせてくれ。姓を何と言ったか……そう、」

アドラー、彼は息災だろうか。
そして出てきた予想外の名前に、エルリック兄弟は勿論、自身も心底驚いた。
エドワードは、やっぱり知っていたのかと歯噛みしていたが。
オルニス・アドラーの執務室の扉を、少しの緊張と共にノックする。

「アームストロング少佐であります」
「どうぞ」

副官の声が、名乗りに応えた。
断りを入れて扉を開ける。

「ただいま戻りました、閣下」

部屋に入り、奥に座すその人に敬礼を送った。
彼はゆっくり立ち上がって応接用のソファを示す。

「ご苦労。座ってくれ、報告を聞こう」
「は。失礼します」

オルニスが向かい側に座るのを待ち、アームストロングは座った。
バイルが出したコーヒーを一口啜る。
オルニスの好む東方司令部のコーヒーのように、やたらと薄い。

「で、道中はどうだった」
「はい。傷の男に壊された機械鎧を直すために、彼らの故郷へ行って参りました」
「確か……リゼンブール、だったか。何だ、あんな村に機械鎧の整備士がいるのか?」
「ええ。それが彼らの幼馴染みなのですが、いや、彼女がなかなかの腕前でして」

幼馴染み、とバイルが驚いたように返す。

「というと、まだ大分お若いのでは?」
「兄の方と同い年だそうです。ウィンリィ・ロックベルといいまして、祖母と工房を営んでおりました」

オルニスが目を眇めた。

「お心当たりが?」
「いや。リゼンブールでは特に、何事もなかったんだな?」

軽く頭を振った彼が、コーヒーを含む。
アームストロングは頷いた。

「はい。幸いリゼンブールからこちらは、特に。今は我輩の部下を二人つけております」
「では、イーストシティからリゼンブールまでに、何かが?」

バイルの声が、空気に切り込みを入れる。
問うた本人は穏やかに微笑んだが、アームストロングは背筋を伸ばした。
オルニスが深く凭れ、腹の上で手を組む。

「そもそも、何故中央へ来た? イーストシティに来るまでは東部を旅していた筈だろう」

鋭い人達だ。
アームストロングは、唾を飲み込んで、頷いた。

「実は……東部で珍しい御仁に会ったのです。閣下、ドクターマルコーをご存知ですか?」

これを言えば、マルコーがまた追われる立場になるかもしれない。
しかし、当時大佐だったとはいえ、オルニスが名前で呼ぶことを許したらしい相手だ。
かなり親しかったのではなかろうか。その一点に懸け、オルニスの表情を注意深く見守る。
彼は眉もぴくりとも動かず、琥珀をただ一度だけ瞬かせた。

「イシュヴァールの後、行方知れずだった奴だな」

正直、はぐらかされるかもしれないと考えていた。
アームストロングはつい意気込んで二度、三度頷く。

「え、ええ! そうです」

彼が賢者の石について研究していたらしいこと。
そして、その研究資料を国立中央図書館に隠したことを手短に伝える。

「――ということで、彼らは国立中央図書館に向かっているところです」

主従が顔を見合わせた。

「その第一分館だけどな、少佐」

オルニスが躊躇いながら言う。

「この間、丸ごと焼け落ちたぞ」

アームストロングは思わず目を瞠った。

「なんと!」









最初は、傍目にも意見の合わない二人だった。

「君は何故、そう平気な顔をしていられるんだ!」
「ここまで知った俺達が、無傷で抜けられると思うのか」

建物の陰で、ホムンクルスの目を逃れたマルコーがいきり立つ。
穏やかなこの人物だからこそ、今、ここまでの嘆きを抱えてしまったのだ。
バイルはそっと目を逸らし、周囲への警戒を続ける。

「兄を守るには、従うほか無いだろうが」
「一人の為にこの多くの犠牲を見過ごすつもりなのか? 考え直すんだ、それはおかしい」
「守りたいものを守って、何が悪い」

けれど、その実験を成功させてから、オルニスが表立って殲滅戦に加わるまでの僅かな間。
地獄を共に歩んだ二人は、二人は確かに共同研究者で、共犯者だった。
アームストロングが退室した部屋の中で、オルニスが立ち上がった。
窓の外に目を遣りながら、手にしたカップをくるりと回す。

「よかったですね」

銀色が振り返り、小首を傾げた。

「上手く逃げ切れていたようで」
「ああ、……そうだな」

頷き、彼はコーヒーを口にする。
言葉の割に表情が晴れない。
じ、と見つめると、オルニスが続けた。

「ラストは、エドワードを追うと言っていた。あの火災の原因がここにあるとしたら……」

見付かったのかもしれない。
神妙な呟きに、バイルは息を呑んだ。
オルニスが肩を竦める。

「あの人の方が、俺よりずっと従順だ。まさか奴らも殺しはしないだろう」
「ええ、そうですね……」

不安が消えるわけではない。
バイルは曖昧に頷いた。
オルニスが苦笑する。
椅子に腰掛けて、此方に向き直った。

「しかし、盲点だったな。中央図書館か……とうに燃やしてると思ったが」
「それは確かに。まあ、私にはよく分からない世界なのですが……」

バイルもやっと小さく笑い返す。

「貴方も、研究手帳を燃やすことなんて出来ないのでしょう? オルニス」

口許に笑みを携えてコーヒーを飲み干した主が、カップを机に置いた。
穏やかな午後の余韻は、一息でかき消える。
姿勢を正して言葉を待つと、鋭い視線が宙を睨んだ。

「あの兄弟なら、間違いなくマルコーの研究に辿り着けるだろう」
「如何なさいますか」

彼らに賭けるか、排除するか。
どちらの命令が下っても、即座に動く準備はできている。
否、すぐに動き出さなければならない。
全ては、国を操る人造人間達よりも、先に。
少しの間黙り込んだオルニスが、口を開いた。

「バリーとスライサーに伝えろ。必ず、追い返せと」

近寄らせず、遠ざけず。命令を飲み込み、バイルは踵を鳴らして敬礼した。









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150113