雷鳥 : 13
















「よーうオルニス! 帰るぞ!」

執務室へ押し入ると、目当ての相手は奥の机で面白いくらいに固まった。

「は?」

冷たい返事なのではない。
全く理解できていないその返事には構わず、ヒューズはずんずんと彼に近付く。

「いやな、オレも昨日帰ったばかりだろ?」

オルニスの手からペンを抜き取り、書類を適当に仕分けた。

「東の話をしたら、グレイシアがお前にも会いたいって言うからよぉ」

だから夕飯に招いてやる!
にっこり笑って言ったのに、返されたのは兄そっくりの呆れた顔だった。

「唐突だな……仕事が残ってる、無理だ」
「ん? バイル先輩は、今日は早く上がれるって言ってたぞ」
「ええ、言いましたね」
「何でそっちに話を通してるんだ……」

ペンを取られた手で頭を抱え、オルニスが溜め息をつく。
バイルが立ち上がり、オルニスの脇に立った。

「知ってたなら言えよ」
「申し訳ありません。ですが急ぎの書類はもうお済みのようですし、宜しいのでは?」

ヒューズの適当な仕分けを的確に改め、不満げな上司へ微笑みを向ける。
二人分の笑顔に曝されて、オルニスが押し黙った。
ヒューズは知っている。
年上の人間と臆さず渡り合う彼が、自分達二人に押されると滅法弱いことを。
案の定折れたのはオルニスで、長い溜め息の後に彼は立ち上がった。

「……分かったよ」

本当は、グレイシアの頼み故に誘ったわけではない。
ロイから連絡があったのは、愛しい家族のもとへやっと帰り着いた昨晩の事だった。
部下の監視を受けながら、彼は律儀に外の回線から自宅へ掛けてきた。
曰く、弟がやたら草臥れているらしいので、代わりに様子を見て欲しいとのこと。

「過保護だな、相っ変わらず」

受話器を手にしたまま、ヒューズは思いきり笑ってやったのだ。

「――で、いきなり何だよ」

家へ向かう車の中で、溜め息と共にオルニスが言った。
しっかりばれてら、と呟くと、あからさまだ、ときっぱり返される。

「ロイの野郎がな、お前さんの様子を気にしてんだよ」
「昨日も長々と電話かけてきたくせに……あれ以上何が気になるって言うんだ」
「いやあ、オレにもよく分からねぇけど。ま、いいだろ。美味い飯食って気分よく帰れよ」

オルニスが肩を竦めた。
咳払いをして深く凭れた彼は、腹の上で指を組んだ。

「エリシアの誕生日は、まだだっけ?」
「ああ。何だ、覚えてたのか」
「娘に命懸けてる親父さんと知り合いなんでね」

ははは! と笑って返すと、ようやくオルニスも笑みを見せた。
基本的に子供を避ける彼も、頻繁に会っているエリシアには慣れてきたらしい。
娘も、「よく来るお兄さん」のオルニスにはしっかり懐いている。
娘も妻も、そして弟のような友人も。
皆が幸せなら、父としての恨めしさも我慢できるというものだ。

「お、そういや新しい写真があるぞ。見るか? 言っておくが、……驚くほど、可愛い」
「いいよ別に。今から会うんだから」

家の前で車を止め、二人で玄関へ向かう。
妻に扉を開けてもらうため、わざと鍵を使わずにインターホンを押した。

「マース、アンタって……」
「ん?」
「……本物の馬鹿だな」
「何がだ?」

真横からの冷たい視線に耐える。
間もなくドアが開き、笑顔のグレイシアが出迎えてくれた。

「ただいま、グレイシア」
「おかえりなさい、あなた。いらっしゃい、オルニスくん。いきなりごめんね?」
「こっちこそ、兄貴が変なこと言い出してごめん……お邪魔します」

オルニスが苦笑いで会釈する。
奥から軽い足音が聞こえた。
「あ! おにいちゃん!」

駆けてきたエリシアが、オルニスの足に飛び付く。
ヒューズは、勢いを殺せずに一歩後退った彼の背へ手を添えた。

「エリシアちゃーん、パパにお帰りのチューは?」
「あとで!」
「えっ」

絶句したヒューズに対して、肩を揺らしたオルニスが屈み、エリシアを抱き上げる。

「エリシア、また少し大きくなったな?」
「うんっ。エリシアいい子にしてたもん!」
「そうか」

いい子は大きくなるんだよ、などと説明しながら満面の笑みを浮かべて首元にすり寄るエリシア。
少し困ったように笑って顔を寄せるオルニス。
グレイシアがヒューズを見上げて微笑んだ。

「さ、二人とも早く入って。ご飯にしましょ」
「そうだな、ほらオルニス」
「ああ、うん」

オルニスがエリシアを下ろすと、娘はすぐに彼の手を引いて中に戻っていく。
ヒューズは妻と笑いながらその後を追った。









のんびり食事を終えると、眠そうに目を擦るエリシアをグレイシアが寝かしつけに行った。
ソファに凭れたオルニスが、目元に手を当てる。

「食べ過ぎた……」
「はっはっは! オレはいつもだ、羨ましいだろ」
「まあな。悪いけど、もう少し休ませて」
「なんなら泊まってくか?」
「いや、帰るよ。先生のところに寄る予定だったから」

初めてオルニスと会ったのは、ヒューズが士官学校生だった頃だ。
その時はまだ、彼が禁忌を犯したとは知りもしなかった。
卒業の日にロイからその秘密を打ち明けられた時は、ひどく驚いたのを覚えている。
その翌年、国家錬金術師になった彼が大総統の補佐官として姿を現した時は、もっと驚いた。
あれからもう両手ほどの年月が経ち、互いに色々な変化を迎えた。
イシュヴァールを経て彼が上ってしまった高みには、簡単には手を伸ばせない。
けれどまだ、こうしていると自分の弟のように思えるのだ。

「なあオルニス、お前の地位ならそろそろ周りが騒ぎ出すだろ。いい人作んねえのか?」
「ああ……この間も准将の娘、とかいうのに引き合わされたけど、でもな……」
「好みじゃなかったのか?」
「好みというか……」

珍しく、言葉を探してオルニスが首を捻る。
やかてぽつりと呟くように言った。

「大事な人は、当分作りたくないんだ」

なるほど、彼は自分の思う「幸せ」に、全く興味がない訳ではないらしい。
この弟分について一番心配だった点だけに、ヒューズは取り敢えず頷いた。

「当分って、いつまでだ?」
「そうだな……ロイが夢を叶えたら、俺も考える」
「そりゃあどっちの夢だ……ミニスカの方か?」
「一生無理だろ、それ。大総統の方で」

まるで願掛けだ。
そう言えば、オルニスが肩を竦めた。

「そういうんじゃ、ないけど」
「いや、どう考えてもそうだろ。アイツも幸せもんだなあ」

ばしばしと薄い肩を叩くと、やはりすげなく払い除けられる。
けれど、昼間目にする張り詰めたような彼とは違って、含み笑いが付いてきた。

「でも、そうだな……俺が結婚できなかったら、兄貴の彼女、一人くらい奪ってやろうか」
「ははっ、そうしろそうしろ!」

下らない話をひとしきり楽しみ、帰途に着く彼は大分穏やかな表情をしていた。
いつものように、エゲルの家から少し離れた所で、ヒューズは車を停める。

「ここでいいか?」
「ああ」

車を降りて、オルニスが振り返った。

「じゃあ、また。今日はありがとう」
「おう。あ、エリシアの誕生会は来いよ、お前」
「体が空いたら顔出す。二人によろしくな」

歩き出した彼が角を曲がるところまで見送り、ヒューズは車を引き返す。
ふと、首を傾げてみた。

「(そういや……先生の家って、知らねぇな)」

オルニスの家で会ったことがあるので、エゲルの顔や人となりは知っている。
しかし彼の住居兼診療所だけは見たことがない。
いつもオルニスが、近場で車を追い返すからだ。
道が狭いのか、いや、そんな地域では無かった筈だ。
あまり軍に関わらせたくないのか、それならば有り得そうだ。
自問自答して、ヒューズは肩を竦めた。

「(今度、オルニスと行ってみるか)」

一件落着と一人で笑い、ヒューズは家族の待つ家へ急いだ。









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150113