雷鳥 : 11
















エドワードは、仮眠室の扉を軽く叩いた。

「入れ」

中将ともあろう人が、相手を確かめもせずに部屋に招き入れていいのだろうか。
けれど多分、彼ならば、例えテロリストが入って来ようが、一撃で伸してしまうのだろう。
否、部屋の中に雷を発生させることは出来るのか。
それともこんな場合は、雷ではなく、電気そのものを錬成したりするのだろうか。
考えながら扉を開けると、オルニスがちらと目を上げ、すぐに手元の書類に視線を戻した。

「何の用だ」

つい何時間か前、脂汗を浮かべて蹲っていたとは到底思えない行為。
エドワードは躊躇いも忘れ、呆れ果てて問う。

「……寝てなくていいのか?」
「生憎、傷の男が仕事を増やしてくれたからな」
「それ、誰に持ってこさせたんだよ」
「ジャン」
「うっわ、少尉かわいそ」

間違いなく後でロイとバイルに叱責を食らうだろう。
口の端で笑い、オルニスが書類を裏にして伏せた。

「……で?」
「あ、うん」

琥珀の瞳を向けられ、エドワードは少し俯く。
改めて言い出すのは、やはり気まずい。
しかし、言わない訳にはいかない。

「助けてくれて、ありがとう」
「何だ、そんなことか」

オルニスが目を閉じて、枕に凭れた。
長い息をつき、ずいと書類を突き出す。

「そこら辺に置いてくれ」

言われた通り、手近な棚に書類を置くと、彼は毛布を抱き込むように横を向いていた。
目を瞑ったまま、オルニスが呟く。

「……悪かった」
「え?」
「賢者の石の事。言い過ぎた」
「ああ……まあ、うん」

数日前の衝突を思い出し、エドワードも思わず苦い顔になる。
ゆっくりと彼が目を開けた。

「けど、エドワード」
「何?」
「やっぱり俺は、別の方法を勧める」

エドワードの金色が、オルニスの琥珀に映る。

「あのさ、中将って」
「オルニス」
「……オルニスって、賢者の石の事、何か知ってんの?」

先日も、冷静に考えてみたのだ。
彼の物言いは何処か、真実を知った者の言葉に思えたから。
なにせ、自在に雷を落とす技量を持った錬金術師だ。
雲を集めることも、成分を変化させることも、かなり大規模な錬成を緻密に制御出来なければ敵わない。
だからこそ、自分達には思いもよらない方法で、「ソレ」に辿り着いているのかもしれない。

「なあ、探したことあるんじゃねぇのか? もとの体を、取り戻す為に」

オルニスの肩が大きく上下した。
ハッ、と浅く笑われる。
しかしそこに馬鹿にするような響きは決して無く、彼が浮かべた笑みも、穏やかなものだった。

「それはもう諦めたんだ」
「どうして」
「失敗したんだよ、とっくに」

枕に頭を置き直し、此方を見上げる。

「俺は真理の野郎に、身体の中身を持っていかれた。もう終わりだと、流石に思ったんだが」

オルニスが苦笑いを浮かべて、ぽつりと呟いた。

――死にたくなかった

飾りもしないその言葉が、すっと胸に入り込む。

「だからもう一度、今度は造り出したモノを代価に、自分の体内を造り直したんだ」

紡がれた言葉の光景を想像して、エドワードは吸い込んだ息を止めてしまった。
例えればそれは、あの「母さん」でアルフォンスを造るというようなもので。
自然と、自分が青ざめるのが分かった。

「……よく、そんなこと、出来たな」

言葉を絞り出すと、お前はやるなよ、と小さく笑われた。

「アレ一つでも代価には足りなかったらしい。結局『色』も差し出す羽目になった」
「じゃあ本当は、大佐みたいに……黒だったのか?」

首肯を受けてよくよく見れば、確かに、彼は全体的に色素が薄い。
琥珀色の目だって、焦茶色を極限まで薄めて行き着いたような色だ。
今までは、髪の色に圧倒されていたからか、全く気付かなかった。

「そのくせ、ナカを造るのも失敗したからな。散々だよ、全く」

沈黙が下りた部屋の中。
唾を飲み込んだ音が、いやに大きく聞こえた。
ギ、とベッドを軋ませ、オルニスが身動ぐ。

「……俺には、他に目的が出来た。だからもう試す暇も無いし、失敗も許されない」
「身体を取り戻すよりも大事な目的って、何だよ」
「兄貴を大総統にする」
「……オルニスがなった方が早いんじゃねぇの?」
「言うな。ロイが可哀想だろ」
「ひでぇ弟」

こうして見ていると、彼は思っていたよりもよく笑う。
ロイのように、清々しい迄に偉そうな笑い方でも、ヒューズのように朗らかで大きな口を開けるような笑い方でもない。
けれど、何処にでも居る普通の青年のように、表情で豊かに物語る。

「お前らの願いは、俺の夢だ。だから、伝説よりも確実な方法を見つけて欲しい」
「(……なんだ、)」

濁りのない琥珀色が、温かな光を抱いた。
それが、己の後見役がたまにする眼差しと重なって。
エドワードは肩を竦めて苦笑する。

「(そっくりじゃん)」

彼の願いに応える事は出来ないけれど、せめてその夢は叶えたいと。
想いを込めて、ゆっくりと首肯を返す。

「入るぞ」

不意に外から聞こえた声と、軽いノックの音。
エドワードが振り返ると、軍服の上衣を気崩したロイが静かに扉を開けた。

「居たのか、鋼の」
「あ、うん。ちょっと」

そうか、と軽く頷き、ロイは椅子を引き摺ってベッドの脇に置く。

「ん? おい、何でここに書類がある」
「持ってこさせた」
「ハボックだな、全く……これは預かるぞ」

溜め息をつきながら座った彼はしかし、弟を見下ろして表情を和らげた。

「大総統から電話があった」

対して、オルニスは一瞬目を瞠り、表情を堅くする。
エドワードは、大層な電話相手に驚いて一歩後ずさってしまった。
「え! 何でそんなお偉いさんから!?」
「鋼の。一応こいつも、その『お偉いさん』に含まれるんだが?」

ロイに馬鹿にされて、頭から抜けていたオルニスの階級を思い出す。
すげぇ、と呟くエドワードには全く構わず、オルニスが尋ねた。

「何て?」

その声の固さと冷たさに驚いて視線を移す。
ぎらりと琥珀を研ぎ澄ませて、オルニスが宙を睨んでいた。

「心配してたぞ。早く主治医に診てもらうように、とのことだ」
「そう」

すっかり表情を消したオルニスが、大きく息をつく。

「……全部切り上げて帰る」
「その方がいいだろうな」

ロイがこちらを振り返った。

『折角の兄弟水入らずなのだぞ。少しは空気を読みたまえ、鋼の』

見事な迄に嫌みたらしい表情と口パクを読み取り、エドワードの頬は引き攣った。
沸き起こる苛立ちを、ぐっと抑え込み、オルニスに顔を向ける。

「じゃあ、またな、オルニス」

瞳に表情を戻し、彼が頷いた。

「ああ。中央で困ったら、連絡しろ」
「頼りにしてるよ、中将さん」

小さく振られた手に笑顔を返して、エドワードは扉を閉めた。
左手を、バシッと頬に叩きつける。

「……よし」

自分達の願いが、誰かの希望に変わる。
自分達ですら成就を疑うこの願いを、共に願ってくれる人が居るのは、心強い。
同じくらい、もしくはそれ以上に、彼の願いは強いかもしれない。
ただ励まされるよりも、ずっと重く責任を感じるけれど、それでも。

「アルにも、教えてやろう」

きっとあいつ、喜ぶぞ。
そう思うと嬉しくて、エドワードは気持ちを弾ませて廊下を歩いた。









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