雷鳥 : 10
















目も眩む光と、思わず戦慄くほどの音。



前触れもなく、真っ黒な雲間を裂いて、エドワードの目の前に雷が落ちた。
否、前触れなら、あった。

――当然、俺が居るということだ

「傷の男」と呼ばれた男に答える、雷の錬金術師。
ただの装飾品だと思っていた紫のピアスに彼が触れた瞬間、紫の光が迸り、ほぼ同時にこの雷が落ちたのだ。

「雷の錬金術師!」
「久し振りだな、傷の男」

エドワードの視界には未だ、雷の残像が残っている。
違和感が横たわるその世界で、雷を逃れた傷の男が右手を繰り出した。
オルニスが素早く両手を合わせ、建物の壁に触れた。

「(あの錬成……!)」

先程の錬成とは異なる青白い光。
傷の男は降り注ぐ瓦礫に進路を断たれ、一瞬立ち止まる。
銀髪の彼は、再びピアスに触れた。
落ちる雷。

「何故その兄弟を襲った」

轟音と共に、瓦礫が細かく砕ける。

「この期に及んで……! 貴様ら国家錬金術師は残らず排除すると、言った筈だ!」
「なら俺を狙え。そこの餓鬼は、お前の故郷とは関係がないだろう」

傷の男が駆け出した。

「見境が無くなれば、お前の行為は、殺人以外の意味を失う!」

オルニスの声に応えず、右腕を振りかぶった傷の男。
合わせた両の手を離し、左手を伸ばすオルニス。
「破壊」の構築式を相殺したのだろう。
互いの錬成反応に弾かれる中、オルニスがピアスの片方を傷の男へ放り投げた。
傷の男が右手を伸ばす。
オルニスが左手を耳に当てる。
三度目の雷撃。

「当たった!?」
「……いいえっ、閣下!」

目を細めながらも、バイルが光の向こうへ叫んだ。
強い光が止み、対峙する二人。

「それを分かっているのか、傷の男」
「貴様がそれを説くのか、アドラー」









パン! と一発、銃声が響いた。

「そこまでだ」









「知ってたのか?」
「……何を?」

三度の雷が落ちた場所。
傷の男がイシュヴァールの民であるという事実に、騒然とする親友やその部下達。
そこから視線を逸らさずに、ヒューズは脇道へ引き込んだオルニスに尋ねた。

「イシュヴァールだ、ってコト」
「ああ」

事も無げに答えた彼へ、やっぱり、と呟いて振り返る。

「どうして言わなかったんだよ」

軍帽の下の琥珀は、ひどく冷たい。

「それで解決するなら、言った」

オルニスが壁から背を離した。
傷の男が逃げた後の大通り。
二人並んで輪の中心に向かうと、目敏くロイが此方へ声を飛ばした。

「オルニス! 怪我は無いか?」
「無い。バイル、怪我は?」
「ありません」

深く頷くオルニスの向こうから、ヒューズを睨む視線。
ロイがずずいと顔を近付ける。

「何処に居た」
「物陰に隠れてた」

得意げに答えてやると、非難するような唸り声が返ってきた。

「お前なぁ」
「何だ何だ? ちゃんと弟を危険から遠ざけてやっただろう、褒めろ」
「そこは感謝してやってもいい」
「遠ざけるべきは俺じゃないだろ」

溜め息混じりでオルニスが言う。

「ったく、こんな雨の日に前線に来るなんて。自分の銘を忘れたのか?」

睨まれたロイは、片眉を上げて然程身長の変わらない弟を見下ろした。

「何も言わずに殺人犯を追おうとする弟がいれば、来ざるを得ないだろう、馬鹿者」
「それが俺達の仕事だろうが。第一、事情を知ってる俺が動いた方が早い」
「しかし結局はこうして協力するんだ。最初から素直に、此方へ情報を回せ」

兄弟の言い合いを、バイルが穏やかに眺めている。

「私はどっちもどっちだと思うんですよね、いつも」

その言葉に、ヒューズは、肩を竦めて応えた。
互いに兄弟を近くから見ている分、他人よりは彼らに詳しい自負がある。
人は、彼らの外見だけで、似ていない兄弟だと評するだろう。
けれど実のところ、中身はそっくりなのだ。
弟との距離を、何とかして縮めようと努力した兄。
兄に憧憬を抱き、多分に影響を受けた弟。
生来の二人がどれだけ似ていたのか、ヒューズは知らない。
けれど、共に過ごした時間を経た今の二人は、間違いなくよく似た「兄弟」である。

「オレ達、ボロボロだな」
「……でも、生きてる」

向こうで鋼の兄弟も一悶着終え、笑い合っている。
此方の兄弟も、顔を見合わせて小さく噴き出した。
エドワードとアルフォンスへ向けられるオルニスの柔らかな眼差し。
そのオルニスを見つめるロイの、穏やかな微笑み。

「もっと大声で笑ってやっても、いいんじゃないですか?」

傍らでクスクスと控えめに笑うバイルへ声を掛ければ、彼は緩く首を振った。

「二人一緒に拗ねられると、面倒でしょう? 貴方も」
「ま、そりゃあ確かに」

箝口令や交通規制を掛ける声が飛び交う中で、リザに上着を掛けられたエドワードが、此方を見た。

「その、……中佐」

ヒューズではなく、真っ直ぐにバイルを見つめる金色。
視線を受けた本人は微笑を返す。

「私でなく、閣下に言いなさい」
「でも、中佐も助けてくれたから」

ありがとう。
鎧を壊されたアルフォンスも、少し離れた場所から同じように感謝を口にする。
バイルがどこか気まずそうに眉を下げた。

「先輩は昔っから、照れ屋ですよね。こういう時」
「黙りなさい、ヒューズ。……どういたしまして」

昔の話を持ち出せば、バイルはすっかりいつもの調子を戻す。
エドワードの不安げな表情も消えて、ヒューズは安堵の息をついた。

「奴はまだ近くにいるはずだ。ここら一帯を張り込む」

ロイが淀みなく下す指示に重ねて、オルニスが思い出したように憲兵を呼び止めた。

「手は空いているか?」
「え? はっ、はい! 何でしょう!?」
「なら、大時計前の死体を片付けてくれ。いつまでも一般人の……」

その言葉が、不意に途切れた。
ヒューズは何気なく振り返ろうとして、横を長身が駆け抜けたのを感じた。









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