雷鳥 : 07
















カーテンを捲って、外を見遣る。
通りは既に暗く、ぼんやりとした街灯の明かりが、地面に映っていた。
コン、
軽い音に振り返ると、弟がコップを置いていた。
ロイはカーテンから手を離し、窓辺に凭れた。

「今日のことだが」

話を切り出しても、返事は無い。

「先輩に言われたから黙って聞いてやったが、」
「配慮はした」
「どこがだ! 全く大人げない……」

大きく溜め息をつき、そっぽを向き続ける銀髪へ、ぽんと手を置く。

「もう少し言葉を選べないのか、お前は」
「……だから、充分選んだつもりだけど」
「私には、そうは聞こえなかったがな」

終始吐き出される、飾り気の欠片も無い言葉。
ナイフのようなそれらが、実は彼らを案じるものだったなんて。
ロイやバイルほどに近しくなければ、決して気付けないだろう。

「あれでは、誤解されてしまうぞ」
「俺は気にしない」
「少しは気にしろ」

オルニスが、少し俯いて視線を惑わせた。

「ガキとの喋り方なんて、知らねぇよ」

ロイは苦笑して、銀髪に置いた手を優しく動かす。

「……そうだな」

14歳を迎える前に、国家錬金術師として軍に入隊し、あれよという間に兄である自分を越えていった弟。
妾腹の子として過ごした子供時代も、マスタング家に引き取られた後も、彼は大人とばかり付き合ってきた。
身近で最も年の近かったロイでさえ、六つも歳上だったのだ。
彼は決定的に、年下の子供と話をするのが苦手だった。
湿った咳を一つ落として、オルニスがごろりとベッドに寝転がる。
体よくロイから顔を背けた弟の頭を、軽く小突いた。

「まぁ、鋼のは暫く東部に居るらしいから、次に会った時にでも謝っておけ」
「だから、必要ないって」
「大有りだろう。ずっと会いたがっていたくせに、今更何を言う」

肩越しに視線を寄越し、しかしオルニスは、再びそれを背ける。

「用は済んだから、もういい」
「……オルニス」
「何」
「元に戻る手掛かりを求めて、彼らに会いたがっていたんじゃないのか?」

そう、思っていた。
表には出さないが、内心では、再び「取り戻す」ことを画策しているのだと。
だから、同じように「持っていかれた」あの兄弟に会いたがっていたのだと。
ロイは凡そ軍人らしからぬ、薄い背中を見つめる。

「……求めてまた、失うくらいなら」

オルニスは片手で毛布を手繰り寄せ、器用に包まった。

「俺は、今のままでいい」
「(ああ、そうだ)」

――彼は既に一度、失敗しているのだ

思い出したくもないことを、本人の口から言わせてしまった。
唇を噛み、つい視線を惑わせた、ちょうどその時。
玄関のベルが、軽い音を立てた。
ロイは、逃げるように立ち上がる。

「出てくる」

こんな夜遅くに、一体何処のどいつだ。
半ば呆れながら、しかし、半ば安堵しながら、ドアに近寄る。
防犯用の発火布を隠し持ち、ロイは鍵を開けた。

「どちらさま……先輩?」
「夜分遅くに失礼します。閣下は、もうお休みでしょうか?」

私服に身を包むバイルが、早口で述べる。
常に平静な彼の、珍しくも慌てた様子に、ロイは面食らいながら答えた。

「いえ、まだ起きていますが、」
「失礼」
「あ、ちょっと!」

止める間もなく、バイルが扉をぐいと開けて、ロイの脇を通り抜けた。
東部に来る度オルニスが泊まるロイの自宅には、彼も何度か来たことがある。
勝手知ったる家の中、まっすぐに寝室に向かうバイルの背を、ロイは追った。

「閣下、入ります」

一声掛けて、バイルが寝室の扉を開けた。
顔を背けていたオルニスが、来訪者の声に体勢を変える。
ちらと二人を見て、怪訝そうに起き上がった。

「バイル? どうした」
「こんな時間に、申し訳ありません。少々、お耳に入れたいことが」

ロイは寝室には入らず、扉を開けたままで二人を見つめた。
バイルがロイに背を向け、何事か耳打ちをする。
オルニスが、僅かにその目を瞠った。
一瞬、視線を下に落とし、彼はすぐに部下を見上げた。

「いつの話だ」
「三日前だそうです」
「……間違いないのか」

掠れた声が、縋るように呟かれる。
バイルが頷いた。
その応えに、オルニスが溜め息を吐いた。
目を伏せて数回肩を上下させ、やがて徐に口を開く。

「そうか」
「……引き継ぎは、どうされますか」
「明日、俺が直接電話する。その方が早いだろう」

やっと覗いた琥珀の瞳に、表情は無い。
バイルが床に片膝をつき、居住まいを正す。

「オルニス、」

気遣う彼の声音に、弟は顔を上げて短く答えた。

「平気だ」









バイルを見送って寝室に戻ると、オルニスは再び壁を向いて横になっていた。
扉を閉めて、問う。

「何かあったのか?」
「知らなくていい。……じきに、正式な連絡が来る」
「……そうか」

釈然としないまま頷くと、彼は少しの間を置いて、こちらへと寝返りを打った。

「……ロイは、甘いよな」
「ん?」
「俺にも、あの兄弟にも、部下の皆にも」
「そうか?」
「そうだよ」

かつて、ロイと同じ色をしていた琥珀の瞳。
その視線をすい、と動かし、オルニスがロイを見上げる。

「頼むから、変なとこに首突っ込まないでくれ」
「失礼な。私はちゃんと、私の望みのために」
「そうやって、自覚してないとこが厄介なんだ」

心配させんなよ、兄貴。
小さく、小さく落とされた最後の言葉に、ロイは一度瞬き、ぷっと噴き出した。

「それは此方の台詞だ、馬鹿者」

眉を顰めて、オルニスが堅く目を瞑る。

「……うるさい」

強がるような、悔しそうな低い呟きが、可笑しくて、愛おしくて。
毛布に埋められた銀色を、乱暴にかき回してやった。









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