雷鳥 : 06
握り締めた手袋が軋み、鳴る。
アルフォンスが、僅かに身を乗り出した。
エドワードは立ち上がり、自身のカップの横に手をついた。
ソーサーに中身が零れる。
「成功、したのか……!?」
「同じモノと言ったろう」
オルニスがコーヒーを口にし、此方を見上げた。
「成功していたら、こんな所にはいない」
「そ……、っか」
張り詰めた緊張の糸が、呆気なく解け、エドワードは肩を落としてソファに座り込む。
アルフォンスも、少し俯いて、身を引いた。
吐ける筈の無い溜め息が聞こえた気がした。
「お前達は、賢者の石を探していると聞いたが」
「……ああ」
「手掛かりはあったか?」
「いや」
彼は淡々と、しかし興味深そうに問う。
もしや、とエドワードは聞き返した。
「アンタも、探してんのか?」
「まさか」
ハッ、と息を吐き、オルニスが軽く笑う。
肘掛けに頬杖をついて、その表情のまま視線を落とした。
エドワードは、顔を上げた。
今の、笑い方は。
「……何だよ」
自分でも驚くほど、苛立った声色。
アルフォンスも、隣で身を固くしている。
探し物が、伝説でしか語られない物だからか。
無理だ、とでも言いたいのだろうか。
オルニスが、嘲笑を声に纏わせ、放り投げる。
「手に入れて、どうする」
エドワードはぶっきらぼうに答えた。
「もとの身体を取り戻す」
「軽いな」
「あ?」
「そんなことの為に、『伝説』を求めるか」
「閣下」
バイルが静かに、オルニスへ声を掛けた。
彼は部下を振り返りもせずに、笑みを消す。
先の表情が一瞬で消え去り、琥珀が、その色の持つ温かみに反して冷たく閃いた。
「事実だ」
かあっ、と頭が熱くなる。
エドワードは立ち上がった。
冷ややかな琥珀を見下ろす。
「……アンタだって、何か持ってかれたんだろ」
「ああ」
ならば、この気持ちも分かる筈なのに。
失くしたものを取り戻したいと、思う気持ちは分かる筈なのに。
ぶつけたい気持ちはたくさんあるのに、上手く言葉に出来ない。
アルフォンスが、拳を握った。
「じゃあ、どうして、『そんなこと』だなんて言えるんですか!」
「アル、」
自分より先に弟が怒鳴るとは思っていなかった。
アルフォンスは立ち上がり、叫んだ。
「貴方は、取り戻したいと思ったこと、無いんですか!?」
彼が、アルフォンスを見上げた。
手を肘掛けに乗せ、脚を組み替える。
「俺も、お前達も、思い知った筈だ。人間を一人錬成するのに、理論上の代価では足りないと」
オルニスがアルフォンスから、エドワードへ視線を移す。
心地よかった声が、低く、深く響いた。
「理に縛られない『伝説』だぞ。身体を取り戻す前にどれほどの代価が要るのか、よく考えろ」
「……ッ」
分かった上で、探しているのだと。
言い返したいのだろう。
アルフォンスが、鋭い眼光に言葉を飲み込んだ。
エドワードは、奥歯を鳴らした。
こんな言葉に、瞳に屈する訳にはいかない。
諦めたら、弟は永遠にこのままだ。
「脅されて、『ハイそーですか』でやめる程度の覚悟だと思ってんのかよ」
言い返せば、オルニスはフン、と鼻を鳴らし、目を伏せた。
「その方がよっぽど賢明で利口だな。思い直せ。『伝説』には大抵、意味があるものだ」
「だからって、やる前から諦められるか! オレ達は、どんな手を使っても、もとに戻るって決めたんだ!」
再び現れた琥珀と、睨み合う。
しん、と静まり返った部屋。
彼が眉間に深く皺を刻んだ。
端正な顔が、狂暴に歪む。
舌打ちをひとつ落とし、オルニスが顔を背けた。
「エドワード・エルリック」
「あ?」
エドワードは肩越しに振り返る。
弟と殆ど並ぶ程に背の高い男が、二人を追ってやって来た。
「行くぞ、アル」
「う、うん」
「止まりなさい、鋼の錬金術師」
無視して歩こうとした矢先の、命令。
アルフォンスが立ち止まって自分を見ている。
結局エドワードも、振り返ってバイルを睨み上げた。
「何だよ」
「先程は失礼致しました」
自分の試験での行動から考えても、この男の穏やかな苦笑は、逆に底が知れない。
エドワードは、眉を顰めた。
「別に。思ってもないこと、言わなくてもいいけど」
バイルが、笑顔のまま困ったように首を傾げる。
「それでも、言い方というものがありますから」
「(やっぱりな)」
予想通りの答えに溜め息をつき、肩を竦めてアルフォンスを見上げた。
軽い音を立てて彼も肩を竦め、バイルを見遣る。
「ボク達、用事があるんですけど……行ってもいいですか」
「その前に、一つ質問をさせて下さい」
後ろに手を組み、バイルがエドワードを見下ろした。
雰囲気が一変する。
穏やかさの欠片も無い視線を受け、エドワードは彼を見上げた。
「鋼の。あの試験から此方、マスタング大佐より上の階級の人間と、話をしたことがありますか?」
「大佐より上? いや、無いと思うけど」
何を目的とした質問なのか、さっぱり分からないが、エドワードは取り敢えず、正直に答えた。
バイルの碧い瞳が、探るように二人を捕らえる。
沈黙、視線の応酬。
やがて、ふ、と力を抜き、バイルが微笑んだ。
「そうですか。……ありがとう、行っていいですよ」
「どーも」
エドワードはそっけなく返し、先に立って歩き出した。
弟もいつもより小さな声で、失礼します、と会釈する。
最初の階段を下りたところで、エドワードは斜め上に、ぼそっと呟いた。
「っとに感じ悪ィ」
「うん……あんな人だなんて思わなかった」
残念そうに返すアルフォンスを軽く小突き、励ます。
ふと、一言も口を挟まなかったロイのことを思い出した。
「大佐も大佐だよな。兄貴なら、ちょっとくらい注意しろっつーの」
「ずーっと外見てたよね。ねぇ、兄さん」
「ん?」
「中将はホントに、……人体錬成、したのかな?」
アルフォンスの声が、震える。
外に出たエドワードは、高くなった日の光を受ける、無機質な建物を振り返った。
「……さあな」
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