雷鳥 : 05
















エドワードはポケットに手を入れ、床を乱暴に踏んだ。

「早くタッカーさんとこ行きたいっつってんのに」
「ね。ニーナとも遊ぶ約束しちゃってるしなぁ」
「それ……も、あるな。ったく、何なんだよ、大佐のやつ」

やれやれと首を振るアルフォンス。
その傍らで、ムス、と唇を尖らせる。

「司令部に寄れ、だなんて」

何でも、会わせたい人が居るのだという。
しかしそれならば、出し惜しみせず、是非とも初日に紹介して欲しかった。
文句たらたら、東方司令部の廊下を進み、執務室の扉を叩いた。

「大佐ぁー、来たけどー」

返事を待たずに扉を開けると、机の奥でロイが笑った。
自分たちとは違い、大分機嫌が良さそうだ。

「やあ、鋼の。遅かったな」
「遅かったな、じゃねーよ。こっちはタッカーさんち行く途中だったんだからな」
「それは悪かった」
「アンタに謝られると気持ち悪ィ」

――ははっ

割り込んだ笑い声。手前の応接用ソファに目を遣ると、其処に座った銀髪の男が、肩を揺らして笑っていた。
男の、薄い琥珀色の瞳が此方を見上げる。

「いや、すまない」

高くも低くもない声は、若い。
端正な顔立ちも、皺の感じも、髪の色に似合わず若々しい。
アルフォンスが、あれ、と小首を傾げた。

「あの……何処かで会ったこと、ないですか?」

男は嬉しそうに微笑んだ。

「いい記憶力だ」
「失礼致します」

扉が開く。
新しく入室した、背の高い男を見て、エドワードは思わずあんぐり口を開けた。

「アンタ、俺の国家試験の時に居た……!」
「ええ。元気そうですね、エドワード・エルリック」
「兄さん、知ってるの?」

微笑みながらコーヒーを配る金髪の彼。
階級章は見えなかったが、大佐である筈のロイが敬語を使っている。

「ああ、よく覚えてる。この人、大総統の隣に居たくせに、俺が槍を向けたとき笑ってたからな」
「暗殺なんて、馬鹿な真似をする子ではないと踏んでいましたから。実際、その通りだったでしょう」
「そりゃあ、そうだけど」

丁寧な口調で穏やかに語られ、先程までの焦りも苛立ちも、すっかり鎮まってしまった。
アルフォンスと顔を見合せ、立ち尽くす。

「まあ、取り敢えず座りたまえ」

ロイに促され、銀髪の男の正面に、二人は腰を下ろした。
その瞬間、何の気なく見た肩章に中将の証があり、兄弟は勢いよく、座ったばかりのソファから立ち上がった。

「中将!?」
「今更か、君達は。少し落ち着きなさい」

呆れたように眉を下げたロイに、銀髪の中将が声を掛ける。

「いつもこんなか?」
「ああ。どうした、失望したか?」
「いや……そう言えば、前もこうだったと思って」

出世意欲溢れるロイが、上官に敬語を使っていないなんて、逆に此方が心配してしまう。
エドワードはロイを指差し、アルフォンスはあわあわと手を動かした。

「おまっ、ちょっ、大佐っ、」
「大佐っ、敬語っ、敬語がっ」

自然と似通った慌て方になってしまったが、それがお気に召したのか、銀髪の彼が笑う。
そして、立ち上がった。

「あ! もしかして、サウスシティで会った……」

鎧を鳴らして叫ぶアルフォンスへ満足気に頷き、彼はエドワードを見下ろす。

「オルニス・アドラーだ。よろしく、鋼の錬金術師」

朧気な記憶の中から、滅多に行かない南部に立ち寄った時の事を引っ張り出した。
確かに、あの時アルフォンスと喋っていた銀髪の男である。
もうひとつ思い当たる節があり、エドワードは興味深くオルニスを見上げた。

「『アドラー』って……俺の前の、最年少? ……ですか?」
「ああ」
「じゃあ、雷(いかずち)の錬金術師!?」

微笑に肯定され、思わず、おお……と声が漏らした。
着席を促す仕種に、エドワードはアルフォンスと顔を見合わせ、おずおずとソファに腰を下ろす。
目の前に座ったオルニスは、ゆったりと脚を組んだ。
雷の錬金術師と言えば、その銘の通り、気候を操作して雷を造り出す錬金術師の筈。
日照りが続けば、雨雲を造り一時的に雨を降らすことも出来るらしいと、民衆の間でも名の通った存在である。

「そんな有名な人だったなんて……」

アルフォンスの呟きに、オルニスが眉を上げた。

「キミ達ほどじゃないさ。こっちは俺の副官」
「バイル・ブリッツと申します。どうぞよろしく」

金髪の男が微笑んだ。
肩章を見たのか、アルフォンスが中佐だ、と呟く。
ロイが中将に敬語を使わず、中佐に使うとは。
この三人はどのような関係なのだろう。
オルニスとバイルに至っては、軍服を間違えて着ているのではないだろうかとすら思ってしまう。

「キミには興味があったんだが、試験の日は都合が悪くてな。代わりに彼を行かせたんだ」
「自分で遣わせた割に、暫くはずっと恨み言を仰っていましたよね」

いや、やはりオルニスが上官らしい。
エドワードは、首を捻った。

「よく、分かんないけど……錬成だったら、今何か作りますよ」
「いや、錬成はどうでもいい」
「なんなんだよ!」

自分以外の全員に笑われ、ギリギリと奥歯を噛む。
ロイが肩を竦めた。

「こいつは『キミ達』に興味があるんだ、鋼の」
「俺達? ってか大佐、『こいつ』とか言っちゃって大丈夫なのか?」
「キミがアルフォンスをそう呼んで、いけない理由があるかね?」
「は?」

突然、何の話だ。
エドワードはアルフォンスをちらりと見て、首を横に振る。

「いや、無いけど。……無いよな?」
「うん、別に」
「そういう事だ」

噛み合わない会話。
バイルが口許を肩で隠して笑い、オルニスがロイを指差した。

「それ、俺の兄貴」

黒髪、黒い目のロイ・マスタング。
銀髪、琥珀色の目のオルニス・アドラー。
二人を交互に、何度も見比べて、エドワードとアルフォンスは叫んだ。

「嘘だろ! 大佐に弟!?」
「聞いてないですよ!」
「大佐、弟に階級抜かれてんじゃん!」
「うるさい! そこは触れるな!」

中将主従が、躍起になって言い返すロイを意地の悪い笑みで見ている。
うっかり、弟の方が身長が高いことに言及される自分を顧みた。
エドワードは少しだけ、ロイに同情の目を向けた。

「ま、アレだな。何て言うか……似てないな、二人とも」

バイルとロイの表情が消える。
オルニスが苦笑した。

「異母兄弟なんだ」
「あ……、すみません」
「気にするな。それと、敬語なんか使わなくていい」

組んだ脚の上に手を組んで、彼はゆっくり、アルフォンスにその琥珀を向ける。
そしてまた、エドワードを見据えた。

「お前達とは対等に話をしたい。同じモノを造った、錬金術師として」

時が、止まる。
握り締めた、両手。
エドワードは、喉の渇きを覚えながら、琥珀を強く見つめ返した。









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