雷鳥 : 04
















かつて部下の一人だった青年が、ソファに腰を下ろした。

「改めて、お久し振りです、将軍」
「キミだってもう将軍じゃないか。折角東部に来たんだ、休暇のつもりでゆっくりしていきなさい」
「はい」

笑ったオルニスに頷き返し、グラマンはその後ろへ目を遣った。

「ブリッツ君、キミも崩して構わんよ」
「はっ」

金髪の彼が、答えはするものの従いはしないということは、とうの昔に知っている。
案の定、手本のような姿勢を崩さないバイルへ、オルニスが肩越しに声を掛けた。

「バイル」
「では、お言葉に甘えて」

途端、彼はそう言って上官の隣に座った。
思わず笑ってしまう。

「まったく。相変わらずだね、キミは!」
「お褒めに預り、光栄です」

穏やかな笑顔と呆れ顔が並んでいるのは、見ていてなかなか面白い。
運ばれてきた薄いコーヒーを一口、グラマンは肘掛けに手を置いた。

「最近どうだい?」
「どうもこうも、それこそ相変わらずこき使われてますよ。ジジイ共の仕事を肩代わりさせられたり」
「あらま、本当に相変わらず……と、まあ、わしも人のこと言えたもんじゃないけど。現場?」
「デスクワークも、半々です」

彼は国家錬金術師の中でも武闘派だから、現場で重宝されるというのはよく分かる。
東部ほどの頻度は無くても、中央で暴動を起こそうという輩は流石に一筋縄ではいかない者達ばかりだ。
オルニス自身も、恐らくそこは理解している。

「現場の仕事を寄越すなら、書類くらい代わって欲しいよねぇ」
「ボケた思考回路で代わられても、困りますけどね。俺が『出来ない奴』みたいで」

辛辣な発言をバイルが窘めないのは、此処が安全な場だと認識されているからだろう。
グラマンは肩を竦めた。

「しかし、上層部も、キミ相手によくやるな。仕事回すの、大将とか中将だけじゃないんだろう?」
「私はそこが不満なんです」

コーヒーカップを置いて、バイルが口を挟んだ。

「少将や准将までもがオルニスを顎で使おうとする」
「お蔭で俺の株はうなぎ登りだ」

ハッ、と薄く笑って、オルニスはカップに口をつけた。
一般に不評な東方司令部のコーヒーを、彼はいたく気に入っている。
今日も満足そうに、美味い、と呟いた。

「人間兵器と遠巻きにしたくても、言ってみればただの若造ですから。癪に障るんでしょう」
「そうだね。わしらにとってキミは、ほら、孫みたいな歳だもん。嫉妬されるのが普通だよ」
「だから、グラマンさんには感謝してますよ。なぁ?」
「ええ、何かと良くして頂いて、助かります」
「キミらに感謝されるのも、なかなか悪くないな」

中央の上層部も、惜しい事をする。
信頼さえ得れば、こんなに心強い味方も居ないというのに。

「そう言えば、グラマンさん。最近、東部で暴動が起こったと報告がありましたが」

オルニスが不意に話題を変えた。
バイルが僅かに目を眇める。

「ああ、暴動関係はキミの管轄か。うん、リオールでちょっとね。今、わしの軍が鎮圧に行ってるよ」
「その件で、」
「中将、失礼致します!」

唐突に、乱暴に、勢いよく扉が開かれた。
つい扉に目を向けるが、オルニスだけは溜め息をついて額に手をやった。

「オルニス! 来る時は連絡くらいしろと、あれほど言っているだろう!」
「……確か二週間前に書類を送った筈だが。マスタング大佐」
「そして私は、一週間前にそれをお渡ししましたが? 大佐」

遅れて入室したリザ・ホークアイが、冷たい視線を上司に向ける。
ロイ・マスタングが、頬を引き攣らせ、ぐっと唇を結んだ。
金髪の中佐が、可笑しそうに笑って立ち上がった。
リザが素早く敬礼する。

「アドラー中将、ブリッツ中佐。お迎えに上がれず、申し訳ありませんでした」
「気にしないでください、中尉。暫く厄介になります」
「普段から厄介になりすぎてる奴が其処に居るようだが……いつも悪いな、中尉。あと、崩していい」
「はっ。オルニス君が謝ることじゃないのよ、これは大佐の問題ですから」

書類を抱え直して苦笑する彼女に、オルニスが微笑み、ロイが目を逸らした。
グラマンは、含んで笑う。

「マスタング君は、ねぇ。よく動いてはくれるんだけど」
「相変わらず、デスクワークはさっぱりですか」

穏やかな言葉は時に凶器だ。
バイルは、ロイの世代にとっては士官学校に於ける憧れの存在であるという。
その彼にまで言及され、すっかり立つ瀬の無くなったロイが肩を落とした。
オルニスが、初めて彼に視線を遣った。

「いいのか、ロイ。『先輩』に言われちまって」
「……お前も少しくらいフォローする気はないのか……」
「やりようが無い」

気が置けない間柄ならではのやり取りが、琥珀に本来の鮮やかさを蘇らせる。
本人がこの道を選んだのだとしても、先へ先へと進ませてしまったのは自分達だ。
せめてこの東部では、日常を離れてくれればいい。
孫に向ける眼差しでオルニスを見れば、怪訝そうな表情を返された。
笑って首を横に振る。
立ち上がり、コートを取った。

「さて。悪いけど、先に失礼するよ」
「何か御用事が?」
「ちょっと食事の予定があってね。君達も、今日は早く帰っちゃいなさい」

ロイ以下の三人が揃って敬礼をし、オルニスが立ち上がった。

「お気を付けて」

片手を上げて応え、グラマンは部屋を出る。
直後、数歩行く間もなく、扉が開く音がした。

「ん?」
「グラマン中将」
「なんだい、アドラー中将」

仕事用の顔つきで、一人外に出たオルニスが、声を潜めた。

「先程の……リオールの件ですが、」
「ああ、うん」
「手を引いてください」
「……何だって?」

琥珀を見上げれば、強い眼差しが返ってくる。
グラマンは腕を組んだ。

「手を引くって……そんな事したら収拾がつかないだろう」
「ならば、他に感付かれる前に片を付けて下さい。尤も、もう手遅れかもしれませんが」

まただ、と、直感した。
また、彼の謎めいた予言だ。
今までも何度か、こういう忠告を受けたことがある。

「暴動が激化する、ということか? それをわしに伝えるのが、視察の目的なのか?」

そしてその度、事態は悪化するのだ。
オルニスが目を瞑り、肩を竦めた。

「いいえ。これは俺の、ただの自己満足です」

失礼します、と会釈し、彼は扉を開ける。
部屋から談笑が漏れ、しかし、彼の背と共に、再びそれは扉に遮られた。

「……」

グラマンは、暫く立ち止まり、やがて歩き出した。
彼は何を企んでいる、否、何を知っているというのだろう。

「(これは……レストランまで、退屈せずに済みそうだ)」









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