雷鳥 : 03
















「立て。アレックス・ルイ・アームストロング」
「……承服、出来ません……!」

東の乾いた大地。
弾丸飛び交うイシュヴァール。
膝をついたアームストロングを、年若い上官は強い目で見下ろした。

「我輩は、もう嫌なのです! 人殺しなど、もう……!!」
「そう言えば弾は逸れてくれるのか? 馬鹿馬鹿しい」

吐き捨てた彼は、アームストロングの前で膝をつく。
声を弱める事もせず、言い切った。

「アンタは、何も間違っていない」

思わぬ言葉に、目を瞠る。
顔を覆った手を、少年が引き剥がした。
琥珀の奥に、焔が灯る。

「そうだろ? この国の未来は、アンタのような正しい人が作るべきなんだ」

憤ったように、それでいて微笑むように、端正な顔が歪んだ。

「懺悔なら余所でも出来る。だから、立て。こんな所で死ぬな」









階段を下りてくる二人の人影。
なんと珍しい。
アームストロングは、思わず声を掛けた。

「アドラー中将ではありませんか!」
「アームストロング少佐?」

オルニスが、琥珀を丸くした。
その半歩後ろで、副官バイル・ブリッツ中佐がおや、と微笑む。

「お久し振りです、少佐。お元気そうですね」
「こちらこそ、ご無沙汰しておりました」

廊下の端で足を止めた二人の手に、書類は無い。
アームストロングは首を傾げた。
オルニス・アドラーといえば、廊下や食堂には滅多に姿を現さないと評判の人物だ。
大抵は朝から晩まで執務室に篭っているからなのだが、その彼が外に出たということは。

「何か事件ですか?」

途端に返される不機嫌な視線。

「俺だって少しは休みたい」
「は、これは失礼しました」

将軍職の人間は、普通、最前線には出てこない。
その中で例外的に、規模の大小に関わらず現場で指揮をとり、先頭きって鎮圧に携わるのが、オルニスだ。
中央の軍人は専ら、副官が書類を持って廊下を歩いていたら、中将は執務室。
副官が何も持たず足早に歩いていたら、事件発生、という基準で彼の居場所を推測している。

「今日はやっと落ち着いて昼食を摂れそうでして。食堂へ行く所なんです」
「そうでしたか! 申し訳ありません、お引き留めしてしまいましたな」
「構わない。少佐は、もう済ませたのか?」
「ええ、そろそろ戻ろうかと」
「そうか」

頷きながら、オルニスは壁に背をつけた。

「一昨日は助かった。アンタだろ? 処理したの」
「傷の男の件ですか」
「ああ」

アームストロングは片眉を上げる。

「……もしやこの件も貴方が指揮を?」
「いや。これは会議室の化石共だ。しかし、少佐も行かされたか……
ったく、国家錬金術師を現場に向かわせてどうする」

琥珀の瞳が、剣呑な光を孕んだ。

「まぁ、その割にジジイの死体が多いのは笑えるがな」
「閣下、お口が過ぎますよ。傷の男を誘き寄せる餌、ということなのでしょう」
「お前も本人達を前に、よく言う」

微笑んだままのバイルに呆れたような笑みを向け、彼は大きく溜め息をつく。
ちら、と投げられた目配せに、アームストロングは一歩近付き、屈んで耳を寄せた。

「明日にも、大総統が指揮を執るそうだ」

驚いて目を向ければ、返されたのは小さな首肯。
身を引きながら、止めていた息を吐き出す。

「なんと……」
「それで片が付けば良いんだろうが、」

こきりと首を鳴らし、オルニスが宙を睨んだ。

「それで片を付けちまったら、俺達は、本物の外道だ」

大総統付き補佐官。
そこから異例の出世で中将まで駆け上がったオルニスは、それでいて時たま、軍人らしからぬ言葉を洩らす。
今回も、きっとそうだ。
彼は自分に知らされていない何かを知っていて、彼の「正しさ」と秤にかけて憤っているのだろう。
応えに戸惑うと、バイルが先に口を開いた。

「その話は、立ち話には少々不向きかと。明日の汽車ででもゆっくりといかがですか?」
「そうだな。……すまない、少佐。アンタ相手だと、どうも口が軽くなる」

忘れてくれ、と続いた言葉に、アームストロングは柔らかく微笑んだ。

「さて、我輩は何か聞きましたかな?」
「アンタのそういう所が好きだよ」

彼は、やっと年相応の笑顔を浮かべる。
アームストロングは新たな話題を拾った。

「汽車と仰いましたが、休暇ですか?」

バイルが首を振る。

「いいえ、東部の視察へ」
「休暇みたいなもんだがな、一応仕事だ。この忙しい時に堂々とバカンスなんざ、ハクロくらいだろうよ」

ニューオプティンの少将のことだろう。
復活した悪態に、思わず苦笑が零れる。

「申請が来たのですか」
「ああ。かと言って、正当な理由がないから、突き返す訳にもいかない」
「で、受理してしまったんですよね」
「アレが抜けて困ることも無いだろう」

眉を下げたバイルに、彼は、フンと鼻で笑って応えた。

「東には、グラマン中将が居れば充分だ」
「閣下、焔の錬金術師が抜けております」
「ああ、そんなのも居たな」

軽く笑い飛ばし、オルニスが壁から背を離す。
廊下の向こうから、女性が駆けてきたからだ。

「アームストロング少佐! 大変な……こ、こちらは?」
「構うな、急ぎなんだろ」

先程までと顔付きを一変させ、銀髪の青年がマリア・ロスを見下ろした。
少尉からは肩の階級章が見えないのだろう。
彼女は戸惑いながら、頷いてアームストロングに向き直った。

「駅でテロ発生との報告が。小規模ですが、怪我人が出ている模様です」
「む、それはいかんな」

ちらと上官を窺えば、オルニスは肩を竦めた。

「長々と悪かった。早く行ってやれ」

引き留めたのはこちらだったのに。
微笑みたいのを堪え、姿勢を正して敬礼で応えると、傍らのロスも不思議な顔でそれに倣った。

「では、お言葉に甘えます。閣下もお気をつけて」

軽く手を上げてオルニスが歩き出す。
バイルが一礼し、その半歩後ろを追っていった。

「さあ、現場に急ごう」
「はい」

彼らに背を向け、二人は足早に歩く。
途中、ロスが顔を上げた。

「どうした? 少尉」
「まさか……先程の方々は、もしかして……?」
「うむ、珍しいであろう」

アームストロングは、目を細めた。

「我輩の恩人だ」









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