雷鳥 : 02
















体調が良く、たまたま店に立ったある日の夕方。
スーツの二人組が店に現れた。
イズミ・カーティスの隣で、メイスンが破顔する。

「やあ、久しぶり! 急に来なくなったから心配したよ」
「ご無沙汰してます」

身長だけなら、シグと良い勝負だろう。
金髪の、背の高い男が会釈を返した。
シグも銀髪の青年に、分かりにくく微笑み掛ける。

「元気だったか」
「ああ。ちょっと仕事が立て込んで、家帰る暇無くてさ」
「そんなに忙しいのか」

青年が笑った。

「波があるんだ」

どうやら常連客らしい。
随分馴染んだ様子の二人に、イズミは声を掛けた。

「いらっしゃい。お馴染みさん?」
「今年越してきたんです。奥様ですよね? 初めまして、バイル・ブリッツと申します」
「イズミよ、よろしく」

バイルと笑み交わし、もう一人、銀髪の青年に目を遣る。
彼はにっこり笑って小首を傾げた。

「どうも。そういや、奥さんと会うのは初めてだな」
「あんまり此処には立たないからね」

青年が目を上げ、シグに笑い掛ける。

「聞いてた通り、美人だな」
「俺の女だ、惚れんなよ」

若干頬を染めたシグに肩を抱かれ、イズミも思わず頬に手を当てた。

「やだあんた、お客に何話してるのよっ」

客二人とメイスンの笑い声が、店を満たす。
頬の熱を冷ますように、手で顔を扇いだ。
メイスンが、盛り上がった腕を叩いた。

「さあさ、二人とも! ご注文は?」
「そうだなぁ……水」

メイスンが瞬き、イズミとシグは首を傾げた。

「炭素、アンモニア、石灰、」

青年が口許に笑みを浮かべる。
バイルが後ろに腕を組み、真っ直ぐシグを見据えた。
先程から湛えられていた微笑が、消え去っている。

「リン、塩分、硝石――」

イズミは、自分を見つめる青年の琥珀を睨み返した。
怒りか、恐怖か、解らないまま奥歯を噛み締め、拳を握った。

バン!!

「……何の、つもり?」

肉のケースを思いきり殴れば、彼はようやく口を噤み、満足そうにイズミを見下ろした。

「話がある」

自分は、この青年の名前すら知らない。
何が目的で、こんな話を持ち出すのか。
脅しでもかけているつもりなのだろうか。
考えが読めない。
けれどシグが、メイスンが、心配そうに此方を見ている。
イズミは親指で奥を示した。

「来なさい」
「おいイズミ!」
「あんた、悪いけど其処に居て」

旦那の制止を、硬い声で遮る。
青年も、明らかに歳上のバイルへ、慣れた調子で命じた。

「バイル、待ってろ」
「畏まりました」









小部屋で、イズミは彼に問う。

「で、話って?」
「アンタの錬成は、一度町で見掛けた」

きつく睨み付けた視線も意に介さず、青年は部屋を見回した。

「まず、確認させてくれ」

鏡台の上、壊れた木の小箱を手前に寄せる。
彼は一度こちらを見てから、パンと手を合わせた。

イズミは目を瞠った。

紫の光が、伸べた彼の腕に纏う。
錬成反応が止み、元の姿を取り戻した小箱がイズミを見上げていた。
茫然と青年に視線を移せば、彼はいたく真剣な眼差しでイズミを見下ろした。

「『あれ』を、見たか?」

足りない言葉を、彼の行為が補っている。
イズミは眉を顰め、声を落とした。

「……あんたも?」
「ああ」

事も無げに答えたのに、銀髪を掻き回して彼は項垂れる。
鏡台に腰掛け、深い紫のタイを緩めた。

「軍から声が掛かったことは?」
「無いよ」
「そりゃあ幸運だったな」
「どういうこと?」

青年が顔を上げる。

「この錬成を、奴らの目にも、耳にも入れるな。いいように使われるぞ」

いいように、とは、国家錬金術師として、という意味なのだろうか。
それとも、全く別の意味合いなのだろうか。
しかしどちらにしても、都合が悪いことには変わりない。

「軍に使われるなんて、穏やかじゃないね……でも、」

イズミは腕を組み、彼を見下ろした。

「そう言うあんたは、信用出来るだけの人なの?」
「コレじゃ駄目か?」

小箱を持ち上げる仕種。
イズミは首を横に振る。

「当たり前でしょ。大体、私はあんたが何処の誰かも知らないのよ」
「名乗るつもりは無かったんだが……」

参ったな、と呟いた彼は、内ポケットから手帳を取り出し、ペンを走らせた。
ちらりと見えた拳銃に、イズミは目を瞠る。
青年が、破った紙を差し出した。

「オルニス・アドラー、国家錬金術師だ」

聞き覚えのある名前だ。
イズミは紙に目を落とした。
そこには幾つかの数字と、彼の名前が記されている。

「……今年越してきた、と言ったね」

首肯を認め、溜め息をついた。
聞いたのではない。
見覚えがあるのだ、この名には。

「あー、アドラー……」

呼び名に躊躇うと、今までの真剣さが嘘のようにオルニスが笑った。

「別に、名前で良いよ」
「そう。……オルニス、あんたはもう『使われてる』の?」
「どうだろうな。全貌を知らないから何とも言えないが、とにかく、」

彼は立ち上がり、手帳を仕舞った。

「捕まるなよ、イズミさん。見付けちまった以上、俺も傍観は出来ない」

射るような琥珀。
窓から差し込む夕日が、オルニスの銀髪を朱く染める。

「万が一の時は、その番号に連絡してくれ。出来る限りのことはする」

邪魔したな、とオルニスは部屋を出ようとする。
ここでイズミを見逃した事が露見したならば、彼こそ立場が危ないだろうに。
最後までそんな素振りを見せなかったオルニスに、後ろから笑い掛けた。

「初対面の人に借りを作るなんてね」
「借り?」

不機嫌そうに、彼が振り返る。

「心外だな」
「そう? この親切は、タダで貰うにはちょっと大きすぎるわよ」
「じゃあ、豚もも200グラムでチャラだ」

今年着任した南方司令部の将軍は、そう言って相好を崩した。







(01の一年前)

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