硝子玉 : 09
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛し――
「もしもーし」
額縁の中に、彼は突然現れた。
ゆらりと、ふらりと、彼は現れた。
「え……きゃー! やだっ」
「嘘っ、メイさん!?」
「こんばんはー」
額縁の中の女子高生達が、アイドルが目の前に現れたかのように顔を輝かせた。
園原杏里は、ふわ、と笑う青年を見上げる。
モノトーンの服を纏った彼の髪は柔らかな金色で、杏里は一見して、それが染めたものでは無いと悟った。
「もう閉店だよー、何かご用かな?」
「あ、違うんですー!」
「ごめんなさい、お店の前で騒いじゃってぇ」
「それは構わないけどね」
まるで西洋の人形のような美しさ。
彼を「彼女」ではないと認識できたのは、高校で出来た二人の友人のお陰だ。
――見た目も良いし、凄く美味しいんだ、このお弁当。園原さんも少し食べる?
――二人しか居ないから言うけど、本人もちょー! 綺麗なんだもんなぁ……いや、杏里も勿論エロ可愛いから安心してくれ!
――だからエロはやめなって!
「(この人が……『マスター』の、メイさん)」
朧げに覚えている、メイという名のその青年は、にっこりと笑った。
「女の子が出歩く時間じゃないよー? ここらへんは、特にね」
とても優しそうな声音で。
しかし何故かポケットへ右手を入れ、凄絶な美しさ纏った笑みを、何故か、深めて。
「胡散臭い情報屋さんとか、池袋最強とか……そーゆーの分からない馬鹿な子達とか、さ」
あはははは!
額縁の中の青年が、笑いながらポケットから手を出した。
少女達が青ざめる。
自身の内に棲む声が、黙り込んだ。
街灯に光る、銀色。
「いっぱい、居るんだから」
「そこまでヨ、May」
青年の右手を、露西亜寿司のサイモンが掴んだ。
すっかり腰を抜かした少女達が、ガクガク震えながら後ずさる。
額縁の中に悲鳴が響き、四人の人物が額縁を抜けていった。
「May、」
「ふふふふふふ……っあははは! やだなぁサイモン、まだ何にもしてないよー。はははっ、あははははははっ!!」
狂ったように笑い続ける青年。
圧倒されて何も言えないでいる杏里は、ただ呆然と彼を見上げる。
体を折ってまで笑う青年が、不意に瞳から表情を消してこちらを見た。
「君、お名前は?」
「そ、……の、はら、杏里……」
「杏里ちゃんねー」
銀色をポケットへ滑らせ、彼はくるっとその場を回る。
座り込む杏里へ、伸べられる手。
怖ず怖ずとその手を取ると、優しく立たされた。
「俺は岸谷苺。ここで弁当屋してるんだ。今度は、もっと明るい時間においで」
サービスしてあげるー、と言いながら、彼は傍に立ててあった銀色のバイクに手を掛ける。
帰宅する所だったのだろう。
若者の喧嘩やいじめは、大抵の人が見て見ぬ振りをしていくのに。
「あのっ」
「なぁに?」
「あ、ありがとう、ございました」
「ふふっ、杏里ちゃんは特別だよ」
苺は振り返る。
綺麗な琥珀の瞳がこちらを見る。
杏里を守っていた額縁が、消え去る。
ぞわ、
戦慄が走った。
「だって、人間じゃないからね」
ばいばーい。
楽しそうにバイクを駆る彼を、声もなく見送る。
その姿が完全に見えなくなってから、杏里は詰めていた息を吐いた。
声が、再び響き出す。
――てる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……
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