硝子玉 : 10
















今日分の取り立てを終え、自販機の前で一服。
近くで騒ぐ学生が、こちらを指差してこそこそと話し始めた。
大方、金髪バーテン服の自分を噂しているのだろう。
少し欝陶しいが、此処で騒ぐのも上司のトムに申し訳ない。
我慢、我慢だ。
静雄が青筋を浮かび上がらせながら堪えていた時。
ほんの少し距離を取ったトムが、あ、と呟いた。

「メイじゃん。どしたー?」
「えへへ、こんばんはー」

バイクを転がしながら歩いてくる彼は、ほわりと静雄にも笑いかけた。

「仕事終わった?」

口調から、それが自分に向けた言葉であることを理解し、頷く。

「ああ、まあ」
「じゃあ今から家行っていい?」

苺の指差す先には、銀のバイクに取り付けられた籠。
大きな袋の中に、酒が見えた。

「あのなぁ……」

いつものことだが今日も呆れて、静雄は頬を掻いた。

「自分の家で呑めよ」
「プリン三種類作ってきたよ」
「トムさん、お先に失礼します」

迅速に煙草の火を消して頭を下げる。
トムが苦笑を零した。

「餌付けか。ま、お疲れー」

苺はそんな会話を気に留めた様子もなく、笑ってこちらに予備のヘルメットを投げた。
それを受け取り、バイクの後ろに跨がる。
自分のヘルメットを被りながら、彼がトムへ会釈した。
ほぼ同時に走り出すバイク。
静雄はまだ、ヘルメットを被っていなかった。









「これが普通ので、これがチョコ、そっちがキャラメルね」

テーブルに三つのプリンを並べ、彼は機嫌よく酎ハイを開けた。
乾杯も無しに、一人で喉を鳴らしている。
静雄がスプーンを取りに行っている間に、苺は一缶をすっかり空けてしまった。
早速次の缶を開ける苺へ向け、静雄はポテトチップスの袋を投げた。

「食え」
「えー」
「えー、じゃねぇだろ。何か腹入れとけ」

二十を越えた男が、頬を膨らませてごねるな、と言ってやりたい。
それでも、ぱっと見たら性別の分からない彼がやるからか、かなり様になっている。
渋々といったように苺は袋を開けた。

「呑む時は食べたくない」
「文句言うな。新羅が食えっつーんだから食えよ」
「……早く酔いたいのにー」

嫌そうに食べられるポテチが、本当に不憫だ。
静雄は器に被さっていたラップを取った。
ほんの少し茶色がかった、キャラメルのプリンにスプーンを立てる。

「んで? どうした?」
「んぅー。静雄はさぁ、ダラーズって知ってる?」
「おう」
「そっ……えっ、嘘、知ってるの」

珍しく、硝子玉に狂気以外の色を乗せて、驚いたように苺が目を見開いた。

「寧ろお前、知らなかったのか」
「あー、お客さんに聞いたことはあったんだけど」

興味なくて。
続いた言葉に、ああ、と頷く。

「(だろうな)」

昔から、流行なんかには無関心なのだ、彼は。
無頓着というか、浮世離れしているというか。
頬だけで苦笑する苺に、一つ頷いてやる。
プリンが美味い。

「別に、無理に興味持つようなモンでもねぇから」
「でもえりちゃんがね、」
「狩沢?」
「うん。あと、かどたんと」
「分かった分かった」

つまりその辺りが吹き込んだのか。
チョコのプリンを開けながら、静雄は納得する。
自分も彼らに誘われたクチだ。

「登録したのか?」
「うん、一応」
「ハンドルネームは?」
「マスター」
「馬鹿」

せめてストロベリーとかにしとけ、と細心の注意を払って軽く小突く。

「いてて……何で?」
「それじゃあお前だって丸分かりじゃねぇか」
「ダメなの?」
「ダメだろ。門田も何やってんだ……」

確かに、インターネットの匿名性はそれほど高くはないけれど。
何せ自分がダラーズに入った時も、翌日には周知だったくらいだ。
明日には、否、今頃ネット上は、人形遣いのダラーズ参入に盛り上がっているだろう。

「静雄、携帯鳴ってる」
「あ?」

メールの着信、相手はセルティだ。

『苺がダラーズに入ったらしい。何かあったのか?』

流石、情報が早い。

『知り合いに誘われたんだと』

簡単に返信を済ませ、静雄は携帯を傍らに置いた。
こういう常識も、色々教えてやらないと。
そう思って苺を見ると、彼も携帯を手に持っていた。
深紅のボディ、イチゴを抱えた白いウサギのぬいぐるみストラップ。
プライベート用だ。

「ダラーズって、ホントに色んな人がやってるんだね」
「まあな」
「老若男女、ね……ははっ」

硝子玉が笑う。
あははっ、あはははは!
楽しそうに笑い声を上げて、苺が空になった缶をテーブルに置いた。
塩のついた指を舐めて、ふふ、と微笑む。

「気持ち悪い」

チョコプリンの器にぶつかったスプーンが、カランと音を立てた。









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