硝子玉 : 08
















組織の中では、落ちこぼれだった。
毎日、毎日毎日、脅され、囚われ、殴られ、蹴られ、砕かれ、撃たれ、吊され、縛られ、絞められ、貶められ、穢された。
次に失敗したら殺すと言われ、重い体を引きずって、ターゲットに近付いた。
自分が捕らえ、自分を捕らえた筈のターゲットに、抱き締められた。
「優しさ」といわれるものに、初めて触れた。

ブツッ、と

意識の中心で、そんな音が聞こえたのは、その時だった。
「人間」が、蠢き、這い回るだけの、気味の悪い物体に見えた。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。









だから、全部壊した。









店の裏に愛用のバイクを停めると、大きな声で呼び止められた。

「May!」
「ふえ? あー、サイモン、おはよー」
「オハヨー、今日モ美人ネ!」
「えへへ、thank you」

抱き着いて、頬に触れるキスを交わす。
互いに昼食を差し入れる約束をして、苺は露西亜寿司に隣接する自分の店を開けた。
ウエストバッグを置いて、エプロンをつけ、ポケットに銀色を滑り込ませる。
手を洗って冷蔵庫を開け、下拵えを済ませていた食材達を調理台へ招いた。

「……ん?」

カーテンを掛けたガラス扉の向こうに、人影が見えた。
そっと扉を開けるも、相手はうろうろ歩き回っていてこちらには気付いていない。
扉に寄り掛かりながら、相手の名を思い出す。

――ああ、そうだ

黄色の少年に連れられた、無色透明の、

「帝人くん」
「へっ? ……え、あ、メイさん!」
「おっはよー。どしたの?」

笑いながら聞けば、彼は困ったように頬を掻いた。

「買いに来たんですけど……まだやってないんですね」
「あー、ごめんね、お昼からなんだ」
「ですよね。……どうしようかな……」

一般に小さく思われがちな苺だが、臨也と並ぶくらいの身長はあるわけで。
眉尻を下げる帝人を見下ろす。
頭からいくのもいいかもしれない。
顔に刃先が迫った時の表情も見てみたい。
引き倒して、胸に突き立てるか。
痩せているし、腹を裂くのもやり易いだろう。
それともかつての自分のように、脚を砕いてくれようか。
ポケットの中に右手を入れ、銀色を握り込む。

――気持ち悪い……

セルティも森厳も、新羅も。
静雄も臨也も門田も、サイモンや狩沢や、遊馬崎、渡草だって。
皆、苺には鋏を握っているときの記憶が無いと思っているようだが、そんなことは無い。
だってどちらも、自分なのだから。

「お昼休みに抜けて来たら?」
「間に合わないかも……」
「大丈夫、来良でしょ? 不安なら正臣くんと一緒においで。あの子、そーゆーの得意だから」
「ああー、そうします」

苦笑する彼に笑顔を返し、扉から体を離す。

「ほらほら、遅れないうちに」
「うわっ! い、行ってきます!」
「いってらっしゃーい」

ひらひらと手を振り、帝人が角を曲がったあたりで苺も店へ戻った。
ポケットから右手を出す。
白い手に、丸く圧迫された痕が残っていた。









  BACK  TOP  NEXT


121223