硝子玉 : 07
















兄弟が出来たのは、中学校に入る少し前。
何を話し掛けても答えてくれず、食事もしてくれなかった、少女人形のような少年。
苺の声を初めて聞いたのは、セルティと何処かへ出掛けたらしい真夜中だった。

「何処行ってたの、セルティ!」
『ちょっとその辺。ただいま、新羅』

PDAを翳しながら、セルティが俯く苺の背に手を宛てる。
新羅は躊躇いつつ、彼を覗き込んだ。

「お……おかえり、メイ」

硝子玉のように感情の抜け落ちた瞳が、ぼんやりと玄関を見回した。

「……ここ……どこ……」









肩を突かれ、振り向けばセルティが寝室を指差していた。

「起きたの?」

返された首肯。
新羅はココアを持って部屋を覗き込む。
近寄れば、硝子玉が虚空を見つめていた。

「おかえり、メイ」
「……しんら」
「うん、おかえり」

美貌がほわ、と綻んだ。

「ただいまぁ」

寝ちゃったよー。
呟きながら寝返りをうち、苺は起き上がる。
片手をついて、脚を横に伸ばした不安定な姿勢だが、彼の上体はぶれない。

「ココア、飲む?」
「飲むー」

嬉しそうにカップを受け取り、口を付けようとした苺の瞳が瞬いた。

「静雄?」

彼の視線を追って、最初から部屋の片隅に居た男を見る。
片手をポケットに突っ込み、静雄が肩を竦めた。

「よぉ」
「何してるのー? 仕事は?」
「もう終わった。あー、弁当美味かった、ありがとな」
「そう? よかった」

微笑む苺を横目に、新羅はセルティへ頷いた。
彼女の首肯のような動きを確認し、ドアへ向かう。

「静雄、ちょっと」

「あ? ああ」

苺のことはセルティに預ければ何とかなるだろう。
結局彼が最も心を許しているのは、人間ではない存在なのだから。
部屋を出て、腕組みをした新羅の向かいの壁に、静雄が寄り掛かる。

「いやー、悪いね。手、もう平気?」
「別に……つーかこれ要らねぇから」

折角巻いた包帯を外され、僅かに傷の付いた左手が現れた。
苺の鋭い銀色が、突き刺せなかった左手。

「しっかし臨也も災難だよねぇ」
「はっ。最初から俺の方に来てりゃ一思いに殺してやったのによ」

メイを人殺しには出来ないからな。
いつものようにさらっと呟き、静雄は壁から離れた。

「仕事戻るわ」
「ああ、いつもありがとう」

じゃあな、と手を振る後ろ姿を見送る。
閉まったドアに鍵を掛け、軽く息をつきながら、新羅は廊下を歩いた。

「人殺し、ねぇ……」

そっと寝室に耳を寄せる。

――ねぇセルティ、どうして人を殺しちゃいけないの?

彼の手は、既に血塗れなのだけれど









人間って、気持ち悪い









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