硝子玉 : 06
















何の確証もなく、確信した。
静雄は顔を上げる。

「ん? どうした、静雄」
「……臨也がいる……」
「いつも思うけど、お前、レーダーか何か?」

トムが呆れたように、しかし控えめに笑った。
夕方届いた「マスター」の弁当を掻き込み、立ち上がる。
弁当箱を素早く綺麗に片付け、バキボキ指を鳴らした。

「すんません、ちょっと行ってきていいですか」
「気をつけろよー」

今の上司は本当にいい人だ。
静雄は駆け出した。
人を跳ね飛ばさないように、なるべくなら穏便に。
そんなことを心掛けるだけ心掛けて、路地を曲がる。
珍しい、奴がこんな人の少ない方に居るなんて。

「(……どーでもいいや)」

今日こそ殺す。
その思いだけを胸に、もう一つ角を曲がった。

「いーざー……」

目の前に、黒バイク。
ぬっと立ち上がった、どこか可愛らしいヘルメットの人影。

「……セルティ?」

彼女は驚いたように振り返り、さっとPDAを取り出した。

『ななななんでここ、ちがう!えーと……そうじゃないっ!たすけてくれ!』

慌てているのか、打ち込まれた文字が全て平仮名である。
少し苦労しながら読み下し、静雄はセルティの背後に目を遣った。
地面に転がる影と、その上に馬乗りになる影。
考える間もなく、側に立つ道路標識を引き抜いた。
大きく息を吸う。

「いぃぃぃざぁぁぁやぁぁぁあああ!!」

いつものように怒鳴りながら、道路標識をブンと振った。
上に乗っていた影が、曲芸のように宙を舞って標識を逃れる。
静雄は勢いを緩めず得物を振り抜いた。
ピンポイントで、首を絞められ、地面に押し倒されていた臨也だけを殴り飛ばす。
先程まで臨也の顔面に突き付けられていただろう銀色が、こちらに向けられた。
離れた場所でゆらりと立ち上がる、美しい影。
硝子玉を負の感情だけで充たした苺が、ぼう、と静雄を見た。









「こんなとこで何してやがる臨也、さっさと死ね」
「ゲホッ、助けてくれといて何言ってんのシズちゃん。馬鹿? やっぱ馬鹿なんだ?」
「助けただぁ? 頭沸いてんのか、テメェ。お前みたいなノミ虫の為になぁっ!」

道路標識を放り投げ、静雄は苺へ向かって駆け出した。

「メイを人殺しにさせて堪るかってんだ!!」

苺は静かに瞼を下ろし、上げた一瞬で身を翻して静雄の拳を避けた。
背後から、迫る銀色の気配。
静雄はバッと振り返る。
高く掲げられた煌めく刃が、濁った夜空を映した。

――嗤う、硝子玉

「Bye-bye」

至極愉しそうな声音。
ピッ、と空気を裂いて、落とすような速さで振り下ろされた鋏。
静雄は、銀色を片手で掴み、苺の脚を払った。
彼の弱点は、出会った頃から知っている。
先程の臨也の位置に苺を、苺の位置に自分を置き、鋏を持った彼の右手を片手で地面に縫い付けた。

「ひ、ぁ……やめてっ、触らないで! 嫌だ! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッ!!」

硝子玉に含まれる色が一変し、体の下で細い体躯が全力で暴れる。
静雄は、苺の左手を膝で押さえながら、持っていたハンカチで彼の鼻と口を塞いだ。









人間って、気持ち悪い









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