硝子玉 : 05
















「あー、セルティ、おかえりー」
『……た、ただい、ま』

ソファに座り、行儀悪く伸ばした足をひじ掛けに乗せ、カップ麺を啜る苺がそこに居た。
珍しい事もあるものだ。
セルティは少し考えてから、PDAに文字を打ち込んだ。

『珍しいな、帰ってくるなんて』
「たまにはねー。あ、座る?」
『ああ、……おかえり』
「うん、ただいまぁ」

箸をくわえながら、苺が体勢を変えた。

『相変わらず自分で食事作らないんだな。弁当屋のくせに』
「あははー、だって好きなんだもん、この味。それに、」

彼はくいとスープを飲み、立ち上がって笑った。
昔と変わらぬ、感情の無い瞳。

「自分の為に作ることほど面倒なことは無いし」
『そういうものか?』
「そういうものでしょ。大体、一日二日食べなくたって、死にやしないんだよ」

笑いながら、苺は流しで容器を洗っている。
その後ろ姿に、セルティは溜息をつきたい気分で立ち上がった。
外したばかりのヘルメットを手に取る。
だって、

『(声が変わった)』

水の音が止んだ。
手を拭いた苺が、ぼう、とこちらを向いた。

「……セルティ、デートしよう」
『何処に?』
「何処へでも?」

あはは!
乾いた笑い声が響く。
硝子玉に、琥珀色が息づいた。

「行きたい所なんて、無いから」









無駄に顔の割れている彼にヘルメットを被せて、シューターの後ろへ乗せる。

『取り敢えず、適当に走る?』
「早くして」

尖った氷のような声が、セルティを突き刺した。
おかしい、本当におかしい。
こいつはいつも、いつもいつも、何と言うか「本能」を脅かすのだ。
自分はデュラハンで、相手はただの――というと語弊がありすぎる――人間である筈なのに。

『……わかった』

セルティはシューターを滑らせ、人通りの無い道を選び、静かに住宅地を目指した。
住宅地といっても、立ち並ぶのは年季の入ったアパート。
この辺りをうろつけば、居る筈なのだ。
今の苺を相手に出来る、「池袋最強」が。

「……気持ち悪い……」

後ろから聞こえた小さな呟きを、無視する。
彼は決して、体調のことを言った訳ではない。
背後で渦巻く狂気。
腰に回された彼の手には、銀色に輝く鋏がしっかりと握られていた。
いつもなら、「獲物」を見かけてから「得物」を取り出すのに。

『(機嫌悪いな)』

最近では滅多にやらないが、彼が岸谷家に来た当初は、よくこうして夜の街を走ったものだ。
あの頃、森厳は彼なりに優しくしようと努めていたし、新羅は兄弟が出来たと喜んでいた。
けれど苺は、暫く二人とは口を利かなかった。
彼が最初に声を発した相手は、よりによって新たな人間に当惑していたセルティだった。

「……気持ち悪い……ねぇ、セルティなら、分かってくれるよね?」

背中に擦り寄りながら、甘やかに、艶やかに、苺が呟く。

『(私には、分からないよ……メイ)』

彼は言うのだ。
それこそ、何かの幼虫や、ゴキブリや、蛆虫を見るような目をして。
硝子玉を、精一杯の嫌悪と拒絶で充たして。









人間って、気持ち悪い









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