硝子玉 : 03
















田中トムは、その騒ぎを遠巻きに見つめながら頭を抱えた。

「(あー……どーすっかなぁ、コレ)」

舎弟だか何だかの仇を取りに来たチンピラ共が、片っ端から自動喧嘩人形に殴り飛ばされている。
元はと言えばその舎弟が料金を滞納し、更に取り立ての際には静雄に盾突いた訳で。
自業自得と言ってやりたいが、いくらなんでもこの状況ではチンピラ達が可哀相である。
彼らも一度殴られた時点で、大人しく引き下がればいいものを。
うだうだ建前を並べて食らい付いてくるから、静雄も止まらないのだ。

「ま……ッ、待て、よ……!」
「んだよ……まだ俺にやらせんのかよ手前らは! ああッ!?」

また凄い音がして、トムはしっかりと目を逸らした。
自分が止めに入るのはごめんだ、まだ死にたくない。
物陰でうんうん唸るトムの横に銀色のバイクが音もなく現れたのは、その時だった。

ぞわ、

背筋を、悪寒が舐める。









「静雄」









打撲音と怒声の飛び交う中で、その声は決して張り上げられた訳では無い。
けれど騒ぎの中心に立つバーテン服の男は、確かに振り向いた。

「……メイ」

呟かれた名前。
トムの横で、柔らかな金髪の青年が僅かに顎を上げた。

「もうやめてあげたら。その人、死ぬよ」

瞳も声も、無機質で無表情。
西洋人形のような美しい外見の彼は、岸谷苺。
イチゴと書いて、メイと読む。
岸谷新羅の義兄弟で、静雄の同級生だというその青年は、露西亜寿司の隣で弁当屋を営んでいる。

「殺したいなら、俺、止めない」
「いや……殺したくは、ねぇけど……」
「そう」

名前通りすっかり鎮まってしまった彼に、一転、ふわと空気を変えて苺が笑い掛けた。

「おべんと持ってきたよー」
「あー、食べる食べる」

死屍累々を前に弁当を開こうとする彼らに呆れながら、トムはようやく口を挟んだ。

「待て待てお前ら、せめて場所変えるとかさ……」

苺がきょとんと首を傾げる。

「あれー、居たんですか? トムさん」
「お前今どっから出て来たよ」

思わず漏れる苦笑。
静雄がこちらに歩いてくる。

「事務所、戻ります?」
「おう、そうだな。向こうで食おう」

アタッシュケースを携えてやってきた静雄のベストを、苺が掴んだ。

「ほら、謝って」
「ああ……暴れてすんません」
「いいって」

ふふーん、と胸を張って、苺は満足そうに笑う。
池袋の自動喧嘩人形と呼ばれる、平和島静雄。
その静雄を、手を下さずに止める事が出来る唯一の人物が、岸谷苺だ。
裏社会では、彼は静雄との関係から「人形遣い(マスター)」と呼ばれている。
高校時代から慣れ親しんだというその別称。
現在、池袋一人気の弁当屋の名前として、美しい店主と共に表社会でも親しまれている。

「オムライス弁当作ってみたんだ」
「それ、箱に入んのか?」
「入るよー。メニューにするかも」

尤も、ふざけている時でさえ決して笑うことの無い琥珀の瞳は、静雄よりも余程、人形めいているのだけれど。

「トムさーん、行かないんですかー?」

見れば、二人は既に歩き出していて。
トムはチンピラだったものを跨ぎ、一歩踏み出した。









  BACK  TOP  NEXT


121223