硝子玉 : 02
銀色のバイクを押す人影。
街の光を浴びて仄紅く輝く金髪が、雑踏の視線を攫った。
「こーんにーちわーっ!」
「!?」
背後から突然掛けられた声に、帝人と正臣は揃って肩を揺らし、バッと振り返った。
目に入ったのは、ふわふわと揺れる柔らかそうな金髪。
薄紅の頬と唇。
透き通った琥珀の硝子玉を縁取る、長い睫毛。
「(わっ……うわ……!)」
自分の顔が赤くなったのは、鏡で確認しなくても分かる。
「(……可愛い……っ)」
西洋人形のような人が、にこにこしながら二人を見ていた。
息もつけないでいる帝人の横で、正臣がハッと叫ぶ。
「メイさん!」
「やーっぱり正臣くんだ。お久し振りー」
メイさん、と呼ばれたその人は、ほわりと微笑んだ。
大きめの白いパーカーの下には黒く短いエプロン。
銀色のバイクを携えている事に、帝人は今更気付いた。
「最近来てくれなかったねぇ、どしたの?」
「いやー、すんません、忙しくって。あ、今度から高校なんで、昼飯買いに行きますね」
「よーし、顧客げっとー」
悪戯っぽく、歌うように言葉を紡ぐ。
その視線が、ふわ、と帝人へ向けられた。
目を合わせて、やはり「人形」のようだと感じた。
「見ない顔だね。お友達?」
正臣が頷く。
「幼馴染みです。高校一緒なんで、街を案内してたんすよ」
「へーぇ。はじめまして、岸谷メイです」
「はっ、はじめまして! 竜ヶ峰帝人と言いますっ」
メイがぱちぱちと目を瞬かせた。
「……ミカドって? どう書くの? 皇帝の帝?」
「その帝に人でミカドです」
「おー、成程ね。かっこいいじゃん」
「あ、ありがとうございます……」
恐縮して縮こまった帝人に微笑み、メイが口を開いた瞬間、携帯の着信音がそれを遮った。
「ん、ちょっとごめん。――はろーはろー、こちら『マスター』。お電話、ありがとうございまーす」
道行く人が、一瞬ちらりとメイへ視線を移す。
雑踏から聞こえる「あ、メイさんだ」という声も一つではない。
「有名な人なの?」
声を潜めて正臣に聞けば、彼は神妙に頷いた。
「有名なんてもんじゃねーよ。池袋で『マスター』の弁当食ってない奴は居ないって言われてる」
「弁当?」
バイクの前に付けられた籠の中の袋を、正臣は指差した。
レース柄の白い袋だ。
そういえば先程から、街の中で何度もこの袋を見ている。
「メイさん、『マスター』って弁当屋やってんだ」
「そうなんだ……何ていうか、流石東京だね。こんなに綺麗なひ――」
「馬鹿っ」
血相を変えて正臣が帝人の口を塞ぐ。
「もごっ! ……ちょっと、何?」
「――あ! トムさん! 電話はもう一個の方に、って静雄に言っといてくださいね!」
「(静雄? ……へいわじま、しずお?)」
先程の話の中で何度か聞いた名前が、聞こえた。
軽く疑問符を浮かべる帝人に気付いた様子もなく、メイは電話を切る。
「ごめんねー、まだ仕事中なんだ。帝人くん」
「は、はいっ」
「すぐそこで弁当屋やってます、よかったら今度来て」
帝人は必死に頷きながら、差し出された名刺を受け取った。
よし、と頷いたメイが、ヘルメットを被り、バイクに跨がる。
「じゃ、正臣くん、またね」
「(……あれ?)」
「はい、また」
エンジン音を響かせ、銀のバイクが走り去る。
正臣が一息ついて、帝人に向き直った。
「街中であの人見ても、絶対見惚れるなよ」
なんて無理なことを。
そう思ったが口には出さず、聞いた。
「な、なんで?」
真剣な顔で、彼は囁く。
「池袋が、敵に回る」
よく飲み込めないものの、気圧された帝人は取り敢えず頷いた。
「……わかった」
解ればいいんだ。
そう笑って街の説明を再開した正臣の横で、帝人はメイの走り去った方を見遣った。
「(あの人……)」
ヘルメットから覗いた琥珀を思い出す。
凍り付くほど澄み切った、あの瞳。
――笑わないんだな
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