硝子玉 : 01
電源を入れたままのパソコンから目を離し、椅子の上でぐっと背を伸ばす。
ぼんやりと時計を見上げ、口元に笑みを浮かべた折原臨也は、傍らの携帯を手に取った。
アドレス帳を開くことなく、短縮でその番号を呼び出す。
電話を耳に当て、椅子をくるくる回しながら、数秒待機。
唐突に応答があった。
心地良い柔らかな声が、機械越しに鼓膜を震わせる。
『はろーはろー、こちら「マスター」。お電話、ありがとうございまーす』
「やぁ、元気にしてた?」
『あっれー? おっかしーなーぁ、臨也の声が聞こえるー』
「ほんとにー? それは不思議だねぇ」
『店用の電話に掛けるなって、何度言えば分かるの、臨也』
がらりと声の温度が下がる。
臨也は喉の奥で、くつくつ笑った。
「こっちに掛けないと、喋ってくれないからね」
『切りまーす』
「早いよ」
『新宿に持ってく弁当は無いよ』
「じゃあ明日買いに行く」
『よーし静雄に伝えとくねー。……ほんと、何の用』
抑揚も無しに問われ、肩を竦める。
「もう閉店でしょ? 寂しがってたんじゃない?」
『ざぁーんねーん。これから四木さんと静雄んとこに配達だよ』
「うっわ、物騒だねぇ」
『臨也には言われたくない。もう、切るよ。じゃーね』
ブッ、ツー、ツー、ツー、
臨也は携帯電話を眺めた。
「まーた切られちゃった……」
くるん、椅子を回して飛び下りる。
すっかり凝ってしまった体を軽く動かした。
「な、ん、で、」
ほわほわと笑う、彼の顔を思い出す。
目だけは決して笑っていないくせに、不思議と人を和ませる彼の笑顔。
「何でシズちゃんには懐くかなぁ、寧ろ何で俺には懐かないかな」
碁石を一つ動かし、腕を組んで首を捻る。
首を捻るが、理由は勿論、知っている。
「客としてかけたんだから、優しくしてくれたっていいのにねぇ」
臨也は再び、椅子に腰を下ろした。頭の後ろで手を組む。
弁当屋「マスター」の新作メニューを常に静雄が試食していると小耳に挟んだのは、つい一昨日のこと。
背に凭れて小さく笑えば、椅子がキ、と軽く鳴いた。
「全く……ムカつくなぁ、シズちゃんは。殺したいくらいムカつく」
――あの「人形」の素晴らしさが、喧嘩人形ごときに理解出来る筈がないのに
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