燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
ま
る
で
入
れ
子
人
形
の
よ
う
に
08
は二人の後ろを歩きながら、そっと胸を押さえる。
自分の立場を突き付けられただけのあの夢から覚めて、とても「福音」に触る気にはなれなかった。
だからといって「聖典」の第二開放で対処したのは流石に愚策だったと、今、ようやくそう思える。
息苦しさと鈍い痛みに、自分の頭も少しは冷えた。
「お前、何かを手に持ってたんじゃねぇのか」
適当なところで立ち止まった神田が、先頭を歩いていたリナリーを呼び止める。
は手を下ろし、リナリーの言葉を待った。
彼女は振り返り、頷く。
「うん、ちゃんと持ってるよ」
握り締められたリナリーの左手に、紙の切れ端のようなものが乗っていた。
と神田は覗き込み、首を傾げた。
「これ、何? リナリー」
「壁に貼ってあった広告」
「壁?」
何の話だと先を促す。
リナリーによれば、村の奥の方に一つだけ、教会よりも大きな建物があるということだった。
その建物は、やたらと外壁に広告が貼り付けてあるのが特徴だという。
「忘れないようにと思って、広告を一枚剥がしてきたの。でも、戻ってくるときに眠くなっちゃって」
「そんな広告持ってきて何の役に立つ」
ぶっきらぼうに神田が言い放つが、にも正直、話が見えない。
最後まで聞いて! と憤慨するリナリーが村を指差した。
「その建物の向こう側には、死体が一つもないの。……ねぇ、これってそもそもアクマの仕業かな?」
「あん? いまさら何言ってんだ」
「だって、砂になった死体は無いみたいだよ」
神田が目を瞠り、腕を組んだ。
リナリーが顎に手を当てる。
「皆、そのままの姿で亡くなってたじゃない」
「レベル2の能力なら、砂になるとは限らねぇだろ。大体、あのアクマの集団は何だよ」
「これはあくまで仮説だけど……」
はゆっくりと前置きをしながら、頭の中で話を組み立てた。
眠るように死ぬ奇怪。
目覚めたところで襲ってきた大量のレベル2。
広告まみれの建物と、その向こう側の異変。
そもそも、此処では人間が死ぬ、あるいは襲われる頃合いに食い違いがあるのだ。
「やっぱりこの奇怪は、アクマの仕業だと思う」
「どうして?」
「人間を襲うタイミングが、さ。例えば、攻撃してきたアクマ達の他に、眠気を誘うアクマがいたとして」
は屈み、側の小枝を拾って地面に円を描いた。
中心にクエスチョンマークを書き込む。
「こいつと、攻撃してきたアクマ達の間に、何らかの上下関係があったら」
少し離れた場所に小さな円を数個描き、両者の間を分かつように線を引いた。
リナリーが同じように屈む。
「上下関係って?」
「さあ。伯爵が命令を出したのかもしれないよ。そうだなぁ……」
特定のアクマに、優先的に殺人を犯させる理由は何だろうか。
宙を仰いで思案するの前で、神田がぼそりと呟く。
「実験」
「うん、なるほど。どれくらい殺人を犯したら、次のレベルに進化するのか、とか」
リナリーが顔を顰めた。
「じゃあ、あのアクマ達の役目は、目覚めた人を、殺すってこと……」
「仮定だよ。ただ、そうだとしたら生還したっていう例の証言者はかなり幸運だったんだろう」
それと、と続けながら、は地面の図に建物を示すように四角を描き足した。
「眠気を誘うアクマの本拠地がこの建物で、一方向にしか能力が向かないんだとしたら」
建物から一方向に矢印を書き加えると、頷いたリナリーが指で建物の背後を示す。
「回り込めば、能力に引っ掛からない、かも?」
「多分な。やってみる価値はあると思うんだ。ユウ?」
二人揃って神田を見上げると、彼は此方を見ずにすっぱりと立ち上がった。
「それでいい。行くぞ」
NEXT MENU BACK
160821