燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
ま
る
で
入
れ
子
人
形
の
よ
う
に
07
「ごめん、神田!」
「遅ェんだよ!」
「ごめんってば!」
リナリーはただひたすらに謝りながら、迫るアクマを蹴り壊す。
一つに結った黒髪を振りながら戦う神田の肩が上下するのを見て、それ以外の言葉は流石に出てこなかった。
「アイツはどうした」
「お兄ちゃんはまだダメ、眠ってる」
「チッ! ……起きたらぶっ殺す」
「絶対やめて」
神妙な気持ちはあっさりどこかへ行ってしまう。
こういう口の悪いところが、日々の誤解を招くのだ。
ずっと二人を守っていてくれたのは事実だというのに。
「(損なところあるよね、つくづく)」
手近なアクマに攻撃を放ち、少し場を離れようとすると、不意に手首を掴まれる。
振り返ると、神田がすぐに手を離して六幻を振るった。
「えっ、何?」
「ここだけでいい」
蟲達に襲われ、破壊されるアクマ。
神田が間合いを取って呟いた。
「この先に、生きてるやつは多分いないだろ」
「どうして分かるの?」
「が見てた。そこの二人以外は、皆死んでる」
生々しく言葉にされると、ぞくりと鳥肌が立つ。
リナリー達が普段目にするのは、アクマの残骸、そしてウィルスに冒され砂になった遺体くらいだ。
死に触れ合うことは多かれど、死体を目にする機会は、実際には多くない。
うっ、と言葉を詰まらせたリナリーを、神田が振り返る。
「そういや、お前、何か手に……」
「――ッ! 神田、後ろ!」
その背後から襲来する、両手の指では到底数え切れない数のアクマ。
今攻撃を放てば、目の前の彼に直撃してしまう。
目を逸らすことも瞑ることも出来ず、神田が向き直ったときには、アクマの血の弾丸は既に放たれていて。
その時、――二人の眼前に、黒い壁が聳えた。
激しい衝撃が、半透明の壁をびりびりと震わせる。
壁の端から爆風が吹いて、二人の髪を後ろに靡かせた。
戸惑うアクマの声。
壁は突如かき消えて、無数の黒い球に変わる。
球が釘のように鋭さを持つところまで呆然と眺めて、リナリーはハッと視線を動かした。
身を起こしたその人が、勢いよく手を振り上げる。
「磔」が宙に浮かぶアクマ達を突き刺し、地に落とした。
「お兄ちゃん!」
黄金色の神様は、顔を上げない。
今の技は全て彼の言う「第二開放」だ。
何か体に障りがあったのかと心がざわめく。
神田が苛立ち紛れに足を踏み鳴らした。
「いつまで寝ボケてやがる」
「……起きてるよ」
うるせぇな、と呟く声が普段よりずっと冷たくて、腹の底を抉るように低くて、余りにも暗く響いたので。
神田が面食らって唾を飲み込む音がした。
リナリーはつい、膝をついて彼の手を取った。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
即座に返ってきた声は、もういつもの彼の声だった。
上げられた顔に浮かぶ伏し目の微笑みも、見覚えのあるもので、リナリーは胸を撫で下ろす。
ゆったりと、忘れていた眠気が襲ってきた。
に促されるまま立ち上がる。
「一度出よう、二人とも」
「チッ、……テメェが寝こけてなけりゃ、もっと早く出られたんだよ」
「悪かったよ。ありがとな、ユウ」
苦笑めいた表情で、が気安く神田の肩を叩いた。
神田がこれ見よがしに舌打ちをする。
「(いつも通りだ)」
安堵を心に留めて、リナリーは二人を村の外へ促した。
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