燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  






04








空の様子は大して変わりがない。
自分達が寝入ってしまったのが午前、今は丁度、午後の紅茶の頃合いだろうか。
眠ることは案外体力を使うものだと聞いているが、まさにその通り、体は微かな怠さを訴えている。
神田が目を覚ませたのは、体の異常を取り除こうとする胸の梵字の所為なのかもしれない。
仮にそうだとしたら、その自分でさえ、目覚めるまでにこれだけの時間を要したのだ。
残る二人を叩き起こすのは、至難の業である。
抱きかかえられたリナリーと、彼女に上半身を重ねて眠っているを、まず引き離す。
その上で神田は、先にの肩を遠慮なしに叩いた。
何せ彼は、他の被害者達とは大きく異なり、眉間に皺を寄せている。
眠り込む前もそうだった。
彼は「嫌」だと、幸せそうな夢に溺れる人々の中で唯一、夢を見たくないと口にした。
起こすなら、きっとこちらの方が早いだろう。

「おい、、起きろ」

そう思ったのに、いくら叩いても揺すっても、彼は一向に目を覚まさないのだ。
一度思いきり頬を張ってやったが、それでもむずかる気配さえない。
こいつでコレならリナリーはどうなる。
と違って、彼女の頬を張り飛ばすのは流石に気が引ける。
いくら非常事態とはいえ、出来れば限界までその手段は残しておきたいものだ。
焦りを募らせながら、神田は繰り返しを揺り動かした。

「いつまで寝てやがる、さっさと起きろ。オイ!」

これは、二人を抱えて外に出た方が早いのではないか。
神田だって、いつまた眠気に襲われるか分かったものではない。
そうと決まれば、と二人に手を伸ばした矢先、空を切るミサイルの音が、そして背後から爆音が聞こえた。

「あれれぇ? ハズレかぁぁ?」

口許に手を当てて首を傾げるのは、レベル2と思しきアクマ。
弾は神田に当たらなかったが、代わりに既に息の無かった誰かの死体を木っ端微塵にしてしまった。
その一瞬で、空を埋め尽くすアクマの影。

「チッ!」

鞘から刀を抜き放ち、刀身をさっと撫でる。

「六幻、災厄招来」

界蟲一幻、唱えながら放った攻撃は、あっさりとアクマを破壊した。
振り向きざまに、忍び寄っていた二体を薙ぎ払う。
を跨ぐように一歩を踏み出し、再び蟲を放った。
有毒な死臭を自分達から遠ざけるように、残骸を蹴り飛ばす。

「エクソシストォォォ!!」
「殺せ殺せ!!」
「あっ! 抜け駆けするなよ!」

奇声、機械が変形する音。

「うるっせぇな」

今度はリナリーの側だ。
体を反転させながら六幻で空を撫でる。

「界蟲一幻!」

敵の数は夥しく、此方は二人を庇いながら動かねばならない。
自分はまだいい。
も、寄生型エクソシストなのだから流れ弾くらいでは死にはしないだろう。
けれどリナリーは装備型のエクソシストだ。
傷一つが命取りになる。
ならば、一人守るも、二人守るも同じことか。

「(面倒なことになった)」

口々に叫びながら襲来するアクマ達を一瞥し、神田は愛刀を構え直した。

「来いよ」

果たしていつまで一人で持ちこたえられるだろうか。
アクマ達の耳障りな叫び声で、せめてどちらかの夢が破れればよいのだが。






NEXT   MENU   BACK






160724