燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
ま
る
で
入
れ
子
人
形
の
よ
う
に
03
最初に感じたのは、胸が悪くなるような死臭。
神田は思わず舌打ちをし、リナリーが呻いて目を逸らした。
彼女の性格を考えれば、その反応は十分理解できる。
何せ見渡すそこかしこに、かつて人体だったものが転がっているのだ。
が目を細めて呟いた。
「早く済まそう。長居するのはよくない」
彼の表情は落ち着いたものだ。
神田は少し目を瞠って、そして体の異変に気付いた。
「……チッ」
ぐらり、頭の中心が揺らぐ心地がする。
これが例の眠気とやらか。
リナリーもそれに気付いたようで、頭を振ると、気持ちを切り替えるように勢いよく顔を上げた。
足元で黒い靴が発動し、光を放つ。
「じゃあ、ちょっと見てくるね」
「気を付けて、リナリー」
「うんっ」
砂埃を立てて、リナリーが飛び去った。
神田は一度顔を顰めてから、金色に目を遣る。
「お前、眠くないのか」
「眠いよ。でも、慣れてる」
実際のところ、この眠気を齎すものは何なのだろうか。
いくら死臭が充満しているとはいえ、人を眠りに誘うような特別な香りがするわけでもない。
子守唄のような何かが聞こえるというわけでもない。
金色は近くで倒れている人に近寄り、脈を測っては諦めることを繰り返している。
神田も足元の男を見遣った。
息をしている様子はない。
屈んで真偽を確かめてもよいが、それをすればそのまま自分が眠ってしまいそうだ。
腐りかけて骨の見えている肉体にも、は必ず一度目を遣っている。
「二人、生きてるな……」
意外だ、こんな生々しい死体を見て、彼は表情を変えない。
指摘すれば、が眉を下げて笑った。
「今は守りたいものがあるから。足を止めてたら、取り零す」
何か話していないと、今すぐにでも目を瞑ってしまいそうで、神田は何とか言葉を捻り出す。
「……お前らしくないな」
「そうかな、……そうかも。師匠の受け売りだよ」
それにしても、と呟いた彼が顔を顰めて眉間を揉んだ。
神田はきつく目を閉じ、もう一度開けた。
いよいよもって眠気が危険な領域まで来ている。
リナリーはまだかと揃って空を見上げたとき、風を切る音が聞こえた。
「っ、来たか」
「良かった。合流したら一旦出よう」
その提案に頷く間もなく宙を駆ける彼女の姿を見る。
ところが、普段は危なげなく風を踏むリナリーが、それを「踏み外した」。
「リナリー!」
落ちる体を、が何とか受け止める。
ホッと息をついたのも束の間、そのまま膝をつく彼を見て、神田も慌てて駆け寄った。
「オイ何してる、出るぞ!」
「待って、リナリー、何か、……持ってる……」
リナリーは既に彼の腕の中で眠っているようだった。
その手に握り締めた何かを気にしているも、次第に体勢を崩して彼女の上に重なるように倒れ込む。
揺り起こそうとした神田の耳に、彼の声が届いた。
「……いや、だ……」
――嫌だ?
この違和感は何だろうか。
神田は立ち上がり、周囲をもう一度見渡した。
眠り続ける、或いは眠るように死んだ人々は、皆幸せそうな顔をしている。
リナリーでさえ、穏やかな寝顔なのだ。
彼らは何故、夢から覚めないのか。
の言葉の意味は分からないにしても、思い浮かんだのは、ある仮説だ。
そう、彼らは起きる必要もないほどの幸せな夢を見ていて、それ故に目を覚まさないのではないか。
「はっ……馬鹿馬鹿、しい……」
そんな夢があるかよ。
自分で立てた仮説に自分で異を唱え、神田はついに近くの壁に凭れた。
まずい、このまま全員眠ってしまうのは、最悪の展開だ。
分かってはいるものの、もう、瞼が上がらない。
――誰かが、夢の中で神田を呼んでいる。
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