燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
ま
る
で
入
れ
子
人
形
の
よ
う
に
12
黄金色の少年と、黒髪を結った少年、そして愛らしい少女が、村の入り口へやって来る。
刀を納めて佇む少年は、二人の行動には興味もなさそうに明後日の方向を向いている。
黄金色の少年が指差した方へ少女が歩を進め、壁に凭れていた女を優しく揺り起こした。
少年は地面に横たわる男に声を掛けている。
男女に面識はないようで、目覚めた彼らは周囲の惨状に竦み上がっていた。
女の悲鳴に、苛立たしげに舌打ちをして、黒の少年が言う。
「ここ二、三日の話じゃねぇんだ。眠る前にアンタも見てたろ」
「で、でも、こんな、私」
「落ち着いて。大丈夫、もう何も悪いことは起こらないから」
少女が女に微笑みかけ、次いで少年に向かって頬を膨らませた。
「もうっ、少しは気を遣って!」
「下らねぇ」
「神田!」
「チッ、うるせぇな……」
そのやり取りに、黄金色がくすりと笑みを漏らす。
起き上がろうとした男が彼を見上げて、呆然と呟いた。
「ぼ、僕は、何を……力が、入らない……」
黄金色が男を見下ろしてそっと手を差し出す。
「随分長いこと眠らされていたんですね。この村に来た理由は覚えていますか?」
「理由? 理由、なんて……そうだ、僕は、息子を探しに……!」
慌てて少年の手を掴んだ男が身動ぎをした。
「その目的は後回しにしてください。まずは此処を出て、貴方の身体を回復させましょう」
「でも、それじゃあ、息子は……」
少年が甘やかに、どこか憐れむように微笑んだ。
「もう、此処に来ても眠り込むことはありませんよ。元気になって、それから探してあげればいい」
「そんな……そんな……!」
飲まず食わずだった男の、干からびて掠れた嗚咽に、少女と女が目を背ける。
黄金色は震える男の体をゆっくりと起こした。
縋り付いて泣く彼の背を擦り、抱き上げようとして、それを神田と呼ばれた少年が制する。
「俺がやる」
神田が黄金色を押し退けて、痩せた男を抱き上げた。
少女が女に肩を貸して立ち上がる。
黄金色を殿に村を出ようとする五人を、――物陰で見ていたアクマは、追いかけようとした。
それなのに。
黄金色が振り返る。
気付かなかった、その周囲には仄かに光る漆黒の血液。
音もなく飛来したそれが、アクマの視界を覆い尽くす。
「やれやレ、失敗してしまいましたカ」
千年伯爵は揺り椅子に深く腰掛けて唸る。
村に潜ませていた最後のアクマの視界が消えた。
恐らく・の「聖典」によるものだろう。
腹の底から笑いが込み上げる。
もう悪いことは起こらない――あの少女の発言を現実にするために。
目覚めた男女に悟られぬように、「教団の神」は教団の外でも虚勢を張ったのだ。
「福音では、音が目立ちますモノネ」
だからといって、なにも自分の身を痛め付ける選択をする必要もないだろうが、つくづく不思議な人間だ。
彼の技量なら、たった一度だけ引鉄を引けば全て済ませられる筈だった。
たった一度の銃声くらい、誤魔化してしまえば良いのに。
「ま、神様のことなんて、分かりたいとも思いませんケレド」
物理的な力ではなくレベル2の能力だけで人を殺した場合、どれくらいでレベル3へ進化を遂げるのか。
興味深いその実験は、結局、成果を残さずに終了してしまった。
都合のいい能力を持つアクマがいるのかどうか、探すところからまた始めなければならない。
「手間ですねぇ、マッタク……ふふふ」
けれど焦ることはない。
千年伯爵は椅子を揺らして、高らかに笑う。
時間なら、いくらでもあるのだから。
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