燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  






13








窓の外を、風景が過ぎ去る。
否、汽車が、長閑な風景の中を駆け抜けていく。

「あの二人、大丈夫かなぁ」

ぽつりと呟いた言葉に、斜め前に座った神田がフンと鼻を鳴らした。

「生きてるだけでも儲けものだろうが」
「でもほら、あの男の人なんか……息子さん、多分もう……」

リナリーは言い澱んだが、先を言葉にするより早く神田の隣のが頷いた。

「そうだな、生きてはいないだろうね」

今日気付いたことだが、は死体を前にしても案外平静を保ったままだった。
神田はまだ分かる。
彼は感傷よりも現実に対処しようとする人だ。
は彼よりずっと、心の在り方に重きを置く人だと、思っていた。
けれど二人がリナリーのように動揺しなかったからといって、何も感じていない訳は当然、無い。
の表情や仕種の端々からは、充分すぎるほどの弔いと悼みが感じられた。
神田だってあの男性を抱えて運んでいる間、彼の嗚咽に文句ひとつ溢さなかったのだ。
あの男性が息子の死を嘆いて、アクマの再来を招かないとも限らない。
それがとにかく気掛かりで、リナリーの心の内をずっと占めている。

「あの人……夢から覚めない方が、幸せだったのかな」

ふと口をついて出た言葉が、自分でも信じられなかった。
と神田、二人の視線が集中する。
先に鼻で笑ったのは、神田だ。

「さあな。お前は言うほど幸せな夢でも見てたのか」

窓の外へ視線を投げて、皮肉混じりに言う神田は、どんな夢を見たのだろう。
リナリーは口を噤み、けれど此方を見つめるもう一対の眼差しに応えた。

「私ね、お兄ちゃん」
「うん?」
「幸せな夢だった筈なの……でも、」

あの夢は、確かに幸せな夢だった。
それなのに目覚めてしまったのは、足りないものに気付いてしまったからだ。

「あの夢の私にも、夢が、あったのかな。願うものが、あったのかな」

あんなに、満たされていた筈なのに。
それともそう思うのは、「今」のリナリーがあの夢を思い返しているからなのだろうか。
足りないものを、異なる幸せの形を知っているからなのだろうか。
俯いたリナリーの頬を、空気が撫でる。
促されるように顔を上げるとがふわりと微笑んでいた。

「幸せな人にだって、願いはあるよ」
「……願って、いいの?」

彼がはっきりと頷く。
あまりに呆気なく肯定されて、リナリーは逆に気が引けてしまった。
誤魔化すように苦笑いを浮かべる。

「ちょっと、欲張りじゃないかな」
「それでいいんだ。欲張った分だけ、先へ歩いていく力になる」

が肘掛けに凭れて笑った。

「だから、人間は美しいんだ」

照れもせずにそんなことを笑顔で言ってのける彼は、普段と変わりなかったので。
リナリーは肩の力を抜いて、ほっと息をついた。

「お兄ちゃんも、夢の中で欲張った?」

細く開けた窓から風が流れ込み、三人の髪を揺らす。
鬱陶しそうに顔を此方へ向ける神田。
リナリーは手で髪を押さえる。
が顔を俯け、そして柔らかく目を伏せた。

「……あれは、俺の見るべき夢じゃなかったから」






fin.
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