燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
仔
羊
達
の
秘
め
事
02
我が弟子ながら、あれはなかなか優秀だ。
中央庁に言わせれば、非常に優秀で使い勝手の良い駒、だろうか。
恐れる事なく、先頭に立って戦地を駆け抜ける力強さ。
誰かが行くなら寧ろ、と進んで任務を引き受ける潔さ。
絶えない微笑は昏迷する集団の均衡を繋ぎ、思いを一つに纏め上げる。
「……だからって、なぁ?」
「は、はい?」
「何でもねぇよ。つーか何でお前なんだ、探索部隊にだって女居るだろ」
「そう言われましても……」
トマ、とか言ったか。
案内の探索部隊に八つ当たりする自分は、傍から見たらきっと、かなり、格好悪い。
クロスは窓枠に肘をつき、荒く息をついた。
「(だからって、)」
にだけ任務が回るのは、理解が出来ない。
五つ続いた任務全てが、アクマ掃討の単独任務とくれば。
「(普通、元帥に回すモンじゃねぇのか)」
小さな舌打ちに、視界の端でトマが肩を揺らす。
苛立っても仕方が無いのは分かっている。
確かに、本部へ戻ってくるエクソシストもいるが、誰もがすぐに旅立つ状況。
任せられるから、任せた。
いたって真っ当な理由だ。
けれど前回、前々回の任務では、報告と現場でアクマの数が百は違っていたらしい。
そんな状況を鑑みてか、謹慎中のクロスへと、コムイが独断で話を回したのだ。
連絡が上手くいかず、は、クロスが来ることを未だ知らない。
会ったら最初に何と言ってやろう。
……いや、何を言われるだろう。
「何してんの、師匠」
きっと、こうだ。
漆黒を丸くして。
彼らしくない、少し間の抜けた表情で。
そしてほんの少し、嫌そうに。
戦場へやってきた他の誰かが傷付くことを嫌がる、彼だから。
けれど。
クロスは窓の外を見遣った。
落ちかけて、橙へ色を移す太陽。
「(頭くらい、撫でてやろうか)」
何を言われても。
彼が、誰かを喪うことを恐れても。
クロスにだって、彼を手放す気は無い。
――もう少し、頑張れ
僅かにまどろむ、それだけで、半月以上も体が持つ訳は無いのだ。
何を言うより、言われるより先に、クロスを見て力尽きる可能性が高い。
それで、構わないから。
「(……もう、少し)」
ちら、と窓から外を窺い、すぐにカーテンを閉める。
そんな家は、もう何件目だろうか。
少し早く町に着いた二人は、合流前に町を見て回ることにした。
アクマが度々襲撃するという割に、この町には多くの人が生き残っている。
確かに、あらゆる場所が破壊されてはいるのだが。
今見ただけでも二十、それ以上の住宅にはまだ人気がある。
「何か……拍子抜けですね」
「……住民全員、アクマかもな」
「っ! まさか……」
「ま、そうだったらオレ達はもう襲われてるだろうが」
「あ……お、驚かさないでくださいよ……」
トマがホッと胸を撫で下ろすが、クロスは周囲を睨むように見回す。
「可能性の一つだ。何か来たらお前は逃げろよ、邪魔するな」
「は、……はい」
駅の方面から、汽笛が聞こえた。
あの汽車に、彼が乗っている筈。
行きましょう、そう言って歩き出したトマの肩に、クロスは手を置いた。
「元帥?」
「待て」
何か、おかしい。
嫌な予感だけが胸を埋め尽くした。
肌がざわめく。
汽車が、次の駅を目指して走り出す。
同時に、パタパタと聞こえる、扉の開く音。
クロスはトマを視界に収めた。
此処は住宅街のど真ん中。
彼を隠せそうな場所が、どう見ても、無い。
クロスは「断罪者」を抜いた。
「(動くなよ、)」
頼むから、その途切れそうな心を抱えて。
得体の知れないこの地へ、踏み込まないでくれ。
轟音が、空気を震わせる。
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