燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
仔
羊
達
の
秘
め
事
01
人は誰もがいつか、死を迎える。
けれどそれをハッキリと自覚している者は居ない。
自分は、愛しいあの人は、大丈夫。
心の何処かで、無意識のうちに信じている。
だから、いざという、時。
深い深い、哀しみに襲われる。
だって信じていたんだ、未だ信じているんだ。
否、信じていたいんだ。
差し出されたその手を、とってまで。
「……ぅ、ん……」
僅かなまどろみから醒めた脳が、疼痛を訴える。
軽く息をつきながら、は眉を顰め、目を開けた。
俯いた視界に差し込む、橙の光。
胸を締め付けられる感覚。
「 ――ッ」
喉の奥に競り上がってきた物を、無理矢理に飲み下した。
食道が、焼ける。
「……ついてない」
こう思う自分は、酷く浅ましい。
立ち上がった視界が、何かを映すことはなくて。
けれどは慌てもせずに壁に手をやった。
汽車は、揺れる。
やっと戻ってきた視界。
はドアを開け、廊下に出た。
陽の入る窓に背を向けて、扉に凭れる。
「また……誰かが、死ぬ」
立て続けに、五件の任務をこなした。
こう言えば、聞こえは良いかもしれない。
けれど今回の任務はどれも、イノセンス回収ではなかった。
急に増殖したアクマの討伐。
つまりは、一度喪われた命を、もう一度奪う行為。
「……この、手で」
世界を、救うのだと。
「仲間」は、「家族」は称える。
「敵」を、倒すのだと。
誰も疑いもせずに、言うのだけれど。
――世界の敵って、何なんだ
地から見上げれば、空は敵。
空から見下ろせば、地は脅威。
ほんの少し見方を変えるだけで、
あっという間に反転する。
そんな、不確かな世界で。
「起きていらしたんですね」
「……ああ、おはよう。もう着く?」
「ええ、次の駅でございます」
「そっか……わざわざありがとう」
笑顔と共に軽い礼をして、車掌が汽車の先頭へ戻っていく。
は後ろ手にドアを開け、振り返った。
陽は大分落ち、朱く赤く、色を変えている。
トランクを引き寄せ、無意識にホルダーへ手を伸ばす。
――この、不確かな世界で
今日もまた、見えない命を奪うのだ。
汽車を降り、暗い駅を見回す。
探索部隊が待っているという話だが、その姿は無い。
ぞわ、肌を舐める、得体の知れない嫌な予感。
不吉な思いが過ぎり、ふと地面に白い服を探してしまった。
けれど見えるのは石造りの駅の床だけ。
アクマに襲われた訳ではないらしい。
「……よかった」
呟いた瞬間、空気を震わせる轟音。
ハッと町を見遣り、は駆け出した。
止まない轟音、あちらこちらに立ち上る煙。
命が、消える。
「くそっ」
漆黒を抜き放ち、町の入口にトランクを投げ捨てる。
――発動――
手の中で重さを増す「福音」。
眼前の異形へ銃口を向け、は迷う事なく引き金を引く。
そしてそのまま、町の中へ飛び込んだ。
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