燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
12.絶望と羨望
教団内にアクマの侵入、との連絡を受けて、ラビはと二人、地下水路の入口へ向かった。
地下から侵入された場合、最悪、ヘブラスカに危険が及ぶ。
通信班へ第一報を入れた警備班員達は、まだ生きているだろうか。
階段を駆け下りながら、ラビは考える。
望みは、限りなく薄い。
隣を走るは、硬い表情で行く先を見据えていた。
「教団にアクマって、珍しいんさ?」
誰にともなくラビは問う。
階段の途中から着いて来た、科学班のゴーレムがラビを写した。
この映像は全て、コムイ達の元へ届いている。
そうだね、とゴーレム越しにコムイが答えた。
はただ、走る。
近づいて来た地下水路。
二人は同時に武器を発動させ、光の許へ走り出た。
「ラビさん?」
「殿!」
「……へ?」
拍子抜けして、ラビは声を漏らした。
二人を出迎えたのは、伯爵の悪性兵器では無い。
ついこの間任務に出た探索部隊が、驚いた顔で、そして笑って二人を見ている。
「ただいま戻りました!」
「お、おう……? お帰りさ」
ラビは戸惑いながらも、任務帰りの彼らを労った。
どうやら誤報だったらしい。
緊張を解いて笑いかける。
「イノセンスはあったんさ?」
「いいえ、今回は……」
話を遮るように、不意にが一歩踏み出した。
ラビと話している探索部隊の額に、重い銃を押し付ける。
骨と金属の当たる、鈍い音がした。
「ひっ……!」
「わ……うわあぁぁ!」
地下水路に、悲鳴が木霊する。
ラビは呆然とを見た。
表情が、読めない。
光を失った漆黒は、今、何を映しているのか。
ゴーレムからの驚きの悲鳴と制止の声を背に、ラビはやっと口を開く。
「な……に、やってんさ……?」
手を伸ばすことが、出来ない。
はじっと探索部隊を見据え、引き金に指を掛ける。
駄目だ、!! ゴーレムから、コムイが怒鳴った。
「あ……あぁ……っ」
「、やめろよ……」
探索部隊の震える声を聞きながら、ラビはただ声を出すことしか出来なかった。
「福音」の歯車が、音もなく動き出す。
「あぁ……う……あ……」
「……!」
が目を細めた。
「――福音」
空気が研ぎ澄まされる。
「!!」
ラビは腹の底から声を振り絞った。
刹那――
「アハハハハハハハハ!!」
笑い声と仰々しい機械音が聞こえた。
に銃を突き付けられている探索部隊の「皮が剥けた」。
周りを囲む探索部隊達が、笑みの形に顔を歪ませる。
ぞっと背筋が寒くなるような表情。
額に次々と浮かぶ、背徳の証。
「……嘘、だろ……」
ゴーレムからは、科学班の息を飲む声。
呟いたラビを、が横ざまに突き飛ばした。
「凍結弾」
ついさっきまでラビと話をしていた探索部隊――だった筈のアクマへ、は発砲した。
続いて、ボディを転換させる暇も与えず、残りのアクマ達に銃口を向ける。
任務が無く、暇を持て余していたラビとが、二人で見送ったこの部隊。
に声を掛けられて嬉しそうにはにかんだ新入りも、お任せくださいと意気込んだ兄弟も、
気の強い女性隊員も、彼女と対照的に気弱なベテランも、とよく食堂で話していた隊長も。
彼にとって大切な存在だった筈の仲間達を、彼は一瞬の躊躇いもなく撃ち抜いた。
出来上がったのは、一つの大きな氷と、氷の柱が五本。
まだ、見知った姿を遺したまま凍り付いた彼らに、ひびが入る。
「……アクマ六体を破壊。警備班の二人は、もう砂になってると思う」
音を立てて崩れる氷を見つめ、が呟くように言った。
ゴーレムからは反応がない。
誰か、彼の言葉を聞いている人は居るのだろうか。
ラビは座り込んだ所から、を見上げた。
冷ややかにも、淡泊にも見える横顔。
氷の欠片が、水路に落ちる。
音は波紋のように広がった。
「何でさ……」
ラビは、目頭が熱くなるのを感じた。
自分がブックマンの後継者であることを、一瞬だけ忘れた。
「何で普通にしてられんだよ」
は、ラビを見ることもしない。
あんなに懇意にしていた仲間達に対して、あの瞬間の躊躇のなさ。
そもそも彼は、最初から疑っていたのだ。
信じることも、しなかった。
「……仲間じゃないのかよ……」
が静かに微笑んで、何かを呟いた。
ラビを置いて踵を返す。
「!!」
ラビは後ろから追うように怒鳴った。
彼は、振り返らなかった。
→「残されたものは」
(主人公16歳)
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