燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  






「魔女シシィの伝説」









むかしむかし、シシィという女の子がいました。
シシィはのんびり屋さんですが、何事にもていねいで心やさしい子でした。

シシィのお母さんは目が見えません。

シシィは、お母さんの目をなおすための薬草をつみに森へいきました。
薬草をさがして、まいにち森を歩きました。

シシィは七日目に、目当ての薬草を見つけました。
シシィはおおよろこびで、ていねいに、ていねいに、根っこの一本までていねいに土をはらいました。

その帰り道のことです。
シシィは、赤い石のついた首かざりをさげたキツネに出会いました。

キツネは、シシィにその包みは何かとたずねました。
薬草の包みをシシィがあまりにも大事そうに両手で抱えているので、気になったのです。

シシィはその問いかけにだけは答えませんでした。
お母さんから赤い石のついた首かざりをさげたずるがしこいキツネの話を聞いていたのです。
ずるがしこいキツネはますますシシィの持つ包みが気になり、ほしくなりました。

だから、シシィがおうちのとびらを開けるために包みから片手をはなしたときのこと。
キツネはすばやく包みをうばいさり、逃げていきました。
シシィはやっとのことで手に入れた薬草を、ずるがしこいキツネにぬすまれてしまったのです。

シシィはあわててキツネを探しましたが、見つけたのはキツネが落としていった赤い石の首かざりだけでした。
シシィは首かざりをにぎりしめて、泣きながらとぼとぼとおうちに入りました。

お母さんのまぶたにキスをして、ごめんなさい、お母さん、とあやまりました。

すると、どうしたことでしょう。
たちまちお母さんの目は見えるようになったのです。
シシィとお母さんははじめて見つめ合い、よろこび、抱き合ったのでした。

まぶたへキスをして目の病気をなおすシシィの話は遠くの町まで広がりました。
シシィのおうちにはたびたび人がおとずれるようになりました。

たくさんの人がやってきました。
目だけではなく足や、腕や、首や、耳。
さまざまな場所の怪我をなおしてほしいと、シシィにお願いするのです。

シシィは、おとずれる人のために夜ごと森へいきました。

根っこの一本一本までていねいに、ていねいにつんだ薬草を持ち帰っては、それを煎じて薬を作りました。
シシィの作る薬はひどい怪我をあっという間に治してしまうので、これまた評判になりました。

そうして毎日薬を煎じていましたので、シシィの指は薬草の色が移ってさまざまな色に染まっていました。
両手の爪は、全てちがう色に染まっていましたが、右手の小指だけはずっと元の色のままでした。

ある日、シシィは森で、ゆるんだ土に足をすべらせて崖の下へ落ちてしまいました。

そこへ通りかかった木こりの青年は、シシィに声をかけてくれました。
シシィは、怪我なんか薬であっという間に治ってしまうと言いました。

けれど青年はシシィの怪我を心配して、崖の上からはげましてくれました。
そうして泥まみれになって、いっしょうけんめいにシシィを引き上げてくれました。

シシィは、木こりの青年のことがとても大好きになりました。

ふたりはたびたび森で会うようになりました。

シシィは右手の小指を薬草で赤い色に染めました。
この恋がかないますようにと、小指にキスをしてお願いをしました。

すると次の日に青年から結婚をのぞまれたのです。
ふたりは、森の中のシシィのおうちにいっしょに住むようになりました。

シシィは毎日ひとびとのの目をいやし、傷をなおし、薬草をつみました。
大好きな青年とともにしあわせにくらしました。

――けれど、ある朝のこと。

薬草を集めたシシィがおうちに帰ると、おうちは真っ赤なほのおに包まれていました。

あつい、いたい、あつい、たすけて。
青年のひめいが、ほのおの中からきこえました。
シシィはあわてておうちの中に飛び込もうとしましたが、その前に屋根がくずれ、ひめいがとだえました。

シシィはくずれたおうちの前で、うずくまって泣き叫びました。
声がかれるまで、涙がかれるまで泣き叫びました。

そんなシシィを、村の人たちが広場まで引きずっていきました。
木こりの青年をたぶらかしたわるい魔女を火あぶりにするためです。

シシィが泣きながらにぎりしめていた手拭いは、広場にうちすてられました。
シシィがおさないころからずっと身につけていた赤い石のついた首かざりは、はぎ取られて広場にうちすてられました。

木の棒にしばられたシシィは自分が何をされるかも分からないまま油をかけられ、足元に火をつけられました。

村の人たちがさけびます。

わるい魔女をこらしめろ。

わるい魔女を焼きはらえ。

わるい魔女をころしてしまえ。

これは、かみさまの思し召しだ。

村の人たちは、叫びながらシシィに石をなげつけました。

シシィはほのおに焼かれながら泣きました。

あつい、いたい、あつい、たすけて。

だれも助けてくれないけれど、シシィは叫びました。

ただ、お母さんの目を治してあげたかっただけ。
ただ、私をたよってくれる人を助けてあげたかっただけ。
ただ、やさしいあの人といっしょにいたかっただけ。

あつい、いたい、あつい、たすけて。

私が、あの人が、あなたたちにいったいなにをしたというの。
あの人が、あなたになにをしたというの。
どうしてあの人までこんな目にあわせたの。
せめて、あの人だけは。
せめて。

あつい。

いたい。

あつい。

たすけて。

せめて、あの人だけは。

ひめいはだんだんと小さくなり、やがてなにも聞こえなくなりました。
真っ黒に焼けこげたシシィのなきがらにはだれも近づきませんでした。

その夜、つよい風が村をおそいました。

広場にのこされたシシィの手拭いが、赤い石のついた首かざりが空にまい上がり、飛んでいきます。

手拭いには、涙でシシィの顔のあとがついていました。
シシィの顔が空をまうのです。
そして、赤い石の光が尾をひくように、火の粉がちりました。

火の粉は手拭いと首かざりのあとをおって村じゅうを焼きはらいました。

あつい、いたい、あつい、たすけて。

私が、あなたたちにいったいなにをしたというの。

ほのおの中で叫んだ人たちは、しっているはずでした。

あつい。

いたい。

あつい。

たすけて。

せめて、私のだいじなあの人だけは。

どんなに叫んでもだれも助けてくれないことを。

村の人たちは、木こりの青年のことも、シシィのことも助けませんでした。
木こりの青年も、シシィも、もういません。

ですから、村の人たちはだれにも助けてもらえませんでした。

七日たって、雨が火を消しました。
村の広場には木こりの青年が、生きていたときと同じすがたでひとり、よこたわっていたのでした。









『「ノルデンおじさんの昔話集」を振り返る』

解説)

ドイツ北部ケレン地方のヴィドス村の裁判記録には、十五世紀にシシィという女性による殺人事件の記述がある。
シシィは夫を家の柱に縛り付け、火を放って焼死させた。
裁判の結果、シシィは殺人を犯した罪により村の広場で絞首刑になった。
刑場に連行された際の彼女の持ち物は手拭い一つ。
それも執行の際には取り上げられ、処分されたと記載されている。
同年、村は凶作と落雷に見舞われて、多くの住民が亡くなったという。

「魔女シシィの伝説」は、この事件を素材にして十七世紀初頭に創作されたものとされている。
近隣の村で口伝された後、ノルデン氏による昔話集に収録され、北部地域で一躍有名になった。
村の名の由来は、この伝説に登場する木こりの青年の名だという説が有力とされている。
ケレン地方ではこの伝説は非常に有名で、十八世紀末には伝説にあやかった巡礼が行われ始めた。
観光産業の目玉として積極的に語られるようになったと見られている。






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200314