Bouquet of Roses















「リリー! 僕のリーリーィー!!」
「きゃあ! ちょっと何よジェームズ!」
「きゃあって言う時って、普通体は避けるものじゃないかなぁ」

花束を持ったジェームズが、思い切り突き飛ばされたのを見て、リーマスは呟いた。
隣ではピーターが苦笑している。

「やっぱり練習、意味無かったね……」
「ま、アイツらしいんじゃね?」

背中に籠を背負ったシリウスが、最後に肖像画を潜り、談話室に入った。
此方を振り返り、ローズがソファから身を乗り出す。

「シリウス、その籠なにー?」
「ん? ああ、お前にもやるよ。ほら」
「あ、薔薇だー」

わーい! とローズが両手を挙げた。

「すごいねー、こんなにいっぱい」
「ホグズミードで、薔薇を配ってる人に貰ったんだ」

リーマスはそう言いながら、空いているソファにローブを掛けた。
不思議そうな顔で、ローズが首を傾げる。

「え、買ったんじゃないの?」
「うん。栽培に失敗したから、って」

ピーターの簡潔すぎる説明に、リーマスは言葉を足した。

「間違って変な薬を掛けたら、花壇から花が溢れて困ってたんだって」
「ふーん、どんな薬だったんだろう……今度試してみよーっと!」

ローズが目を爛々と輝かせる。
試したくなる気持ちがさっぱり分からないリーマスとピーターは、曖昧な笑顔を返した。
談話室中に笑われながら、依然、ジェームズとリリーの夫婦漫才は続いている。
時折、ジェームズからシリウスへ助けを求める声が聞こえた。
それを無視し、その場にいる女子全員に薔薇を配るシリウスの姿がまた周囲の笑いを誘っている。
手元の薔薇を弄びながら、ふとローズが言った。

「ねぇ、スティーブは一緒じゃないの?」
「途中で校長先生とマクゴナガル先生に会って、話があるって呼ばれてったよ」

ピーターの言葉に彼女は目を瞬かせる。

「あららー、怒られてるのかな」
「いや、違うみたい。長くなりそうだったから、僕らは先に帰って来たんだ」

答えて、リーマスは笑いかけた。

「心配?」
「べべ、別にそんな……ふ、二人は薔薇貰って来なかったの!?」

目を泳がせたローズに、二人して意地悪く笑う。
リーマスは言った。

「僕はマダム・ポンフリーにあげたんだ」
「僕はマクゴナガル先生に」
「マクゴナガル先生に?」

ローズが噴き出した。
慌ててピーターが手を振る。

「だ、だってホグズミード行ったのバレそうだったんだよ! だからごまかそうと思って!」
「ピーターがそうしてくれたお陰で、深く突っ込まれないで済んだんだ」

リーマスはフォローを入れる。
あの瞬間のピーターの勇敢さは、彼女にも見せてあげたかったくらいなのだ。

「あはは、じゃあ皆ピーターに感謝しなきゃ。ねっ、本当は誰にあげるつもりだったの?」

ぐっと近付くローズの顔。
ピーターがうっと詰まって一歩後ずさる。

「な……な、ないしょ」
「えー、教えてー教えて―」

ねーねー、とローズが袖を引くたび、ピーターが縋るような目つきでこちらを向く。
リーマスは苦笑した。
マクゴナガル先生に紅い薔薇を渡す勇気はあっても、ローズに「キミだよ」と告げる勇気は無いらしい。

「(まぁ、無理もないけど)」

流石に、結婚目前の恋人が居る彼女には。

「せめて! せめてこの愛の花束を! ついでに僕も貰ってくれるとなお嬉しいんだけれど!」
「ちょっとやめてジェームズっ」
「リリー! 僕はこんなにキミを」
「だからそれが恥ずかしいって言ってるの!」

ついにリリーの張り手が飛んだ。
ジェームズを気遣う寮生は少なく、大半がリリーに声援を送っている。
いつの間にかローズもピーターも、この二人に釘付けになっていたようで、揃って元気に笑っていた。

「全く……これで首席なんだもんな」

ふと聞こえた、カレッジの呆れ声。
三人が振り返ると、ちょうどスティーブが肖像画を潜るところだった。
ローズが嬉しそうに手を振った。

「おかえりー、スティーブ」
「ただいま。あぁ……やっぱりこうなったんだ」
「帰ってからずっとあの調子さ」

リーマスは肩を竦める。
苦笑して、スティーブはローブを脱いだ。
カレッジが軽やかにピーターの隣のソファに飛び乗る。
ピーターが猫の背を撫でながら聞いた。

「話って何だったの?」
「卒業式のことについて、ちょっとね。ローズ、これ……」

リーマスの隣にローブを掛けたスティーブが、薔薇を差し出そうとしてその手を止める。
見つめられたローズの手には、シリウスから貰った紅い薔薇。
リーマスとピーターは同時に顔を見合わせ、そっとスティーブを見上げた。
彼は困ったように笑った。

「……ごめん、何でも無い」
「(シリウスの馬鹿!)」

リーマスは心の中で叫び、まだ薔薇を配っているシリウスを軽く睨んだ。
シリウスがびくっと体を震わせ、周囲を見回す。
フンと顔を背けた先に、真っ赤になったローズが居た。
先に貰った筈の薔薇はソファの上に放られている。
代わりに彼女は、スティーブの手を両手で握っていた。

「ああああたし、この薔薇が欲しい!!」

叫ぶようなローズの声に、談話室中が固まった。
ジェームズとリリーでさえ、そのままの姿勢でローズを凝視している。
スティーブは瞠目し、やがて微笑んだ。

「……どうぞ」

首まで朱に染まったローズが、はにかみながら薔薇を受け取る。
二人を見て、リリーがジェームズの手から花束を抜き取った。

「リリー……!」
「貴方も、あれくらいの慎ましさが必要だと思うわ」
「愛してるよ!!」
「聞いてるの!?」

ジェームズがリリーに抱き着く。
談話室がどっと沸いた。
スティーブとローズが笑っているのを確認してから、リーマスも皆と一緒に笑った。









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