Bouquet of Roses















廊下に薔薇の香りが漂う。
シリウスが自分の背負った籠を振り返った。

「にしても、あの人やたらたくさん持ってたよな」
「僕たちがこれだけ貰っても、まだ倍はあったもんね」

スティーブは思い出して言う。
薔薇が大量繁殖したとき、一体あの人の庭はどうなっていたのだろうか。
リーマスも隣で同じことを考えていたようで、二人は顔を合わせて笑った。

「ピーター、ちょっとリリーの役してくれる? 渡す練習するから」
「ええ……れ、練習なんか要るの?」

恍惚とした表情を浮かべたジェームズから、ピーターが一歩後ずさった。
彼の嫌そうな答えも気にせず、ジェームズは早速その場で膝をつく。

「ああ愛しのリリー、これ僕の……」
「それ一昨日も言ってたよね」

リーマスの突っ込みに一瞬固まり、ジェームズは咳ばらいをして言い直した。

「今日も綺麗だねリリー、これ……」
「ピーター、そこで一発ビンタだ」

今度はシリウスが横から口を出す。
カレッジが肩の上で溜め息をついた。

「練習なんかしたって、どうせ会ったら暴走するくせに」
「ジェームズにとっては必要な儀式なんだよ」
「そうそう、やっぱ分かってくれるのはスティーブだけだよね」

泣きまねをしながら、ジェームズが立ち上がった。
やっと解放されたピーターはほっと息をついている。

「戻って薔薇配ったら、もう一度明日の計画練り直すか」

シリウスの提案に、リーマスが頷く。

「そうだね。あ、まだ下見に行ってない」
「じゃあそれは僕とスティーブで行くよ。三人は材料の仕分けしておいてくれ」

ジェームズがスティーブを振り返る。
スティーブはそれでいいよ、と笑った。
楽しそうにピーターも頷く。

「いっそこの薔薇も小道具に……」
「あっ」

そう言いながらシリウスがこちらを振り返ったとき、向かい側の暗がりから人が出てきた。
よそ見をしていたシリウスとその人が、避ける間もなくぶつかる。

「おや、大丈夫ですかな? ミネルバ」

聞こえた名前と声に、一同は、ジェームズでさえも思わず固まった。
これは、紛れも無い。

「(ダンブルドアとマクゴナガル……)」

ピーターが逃げ場を捜すように左右に目を走らせる。
しかしこの至近距離では、逃げることなど到底出来そうに無い。

「まぁあなたたち、こんな時間に一体何処をほっつき歩いていたんです?」

頬を引き攣らせ、カレッジが横目でスティーブを見上げる。
スティーブも、もう笑うしか返事のしようがなかった。

「あれ、まだ寮の外に居ていい時間ですよね?」

ジェームズが朗らかに尋ねるが、それはマクゴナガルの鼻をさらに膨らませてしまった。

「あと二分ですが」
「あぁ……」

リーマスが斜め下に視線を落として、小さく呟いた。
このあと間違いなくシリウスの花籠に話が行き、勝手に外に行っていたこともバレるのだろう。
スティーブも観念して、溜め息をつく。
それが聞こえたのか、ダンブルドアが最後尾のスティーブを見た。

「おおスティーブ、ここに居たか」
「え?」
「話があっての、探していたのじゃよ。校長室まで来てもらっても良いかな?」

状況に反して柔らかな笑み。
スティーブは少し考えて、苦笑しながら答える。

「でも先生。僕、あと二分で寮に戻らないといけないんです」
「ふむ、ならば今日はその規則を少ーし大目に見るとするかのぅ」

ダンブルドアの華麗なウィンクに、スティーブは笑みを返した。
後でお礼を言わなければ。
マクゴナガルが信じられないという目つきでダンブルドアを振り返る。
彼女が口を開こうとした瞬間、ピーターが進み出た。

「マクゴナガル先生!」
「ペティグリュー?」
「こ、これ、僕どうしても先生に受け取ってもらいたくて、その……ど、どうぞ!」

ばっと勢いよく差し出された真紅の薔薇に、流石のマクゴナガルも口を開けたまま言葉を無くす。
スティーブも、思いがけないその行動に驚いて、ピーターを見つめてしまった。
いち早く衝撃から立ち直ったジェームズとシリウスが、花籠から薔薇を掴み取り、更に畳み掛ける。

「やっぱり先生にはこういう薔薇が似合うと思って、採ってきたんです!」
「何たって我らがグリフィンドールの寮監ですからね!」

リーマスが営業スマイルで何度も頷いた。
スティーブはダンブルドアと目を合わせ、肩を竦める。
今にも噴き出しそうな顔で、ダンブルドアがマクゴナガルの肩を叩いた。

「ということじゃ、マクゴナガル先生。今日のところは」

マクゴナガルが溜め息をつく。
眉をしかめて首を振った後、ピーターの薔薇を受け取った。
へえ、とカレッジが小さく呟く。

「次はありませんよ。全く、いつまで経っても……」
「よくやったピーター!」
「話は最後まで聞きなさい!」

ジェームズとシリウスがピーターにのしかかり、マクゴナガルの叱声が飛ぶ。
この学び舎に七年。
最後の最後に珍しいこともあるものだ。
この時間にはそぐわない大騒ぎの後ろで、リーマスがローブの袖を引いた。

「待っていようか?」
「ううん、先に帰ってて……先生の気が変わらないうちに」
「ああ、うん。それもそうだね」

二人はくすくすと笑って頷き合った。
この廊下で、友人たちと騒ぎ合う日常は、もうすぐ想い出になる。









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