相互サイト「金魚鉢の遊泳」吉野さんから、コラボレーション作品を頂きました。
『黒き帳の堕ちる頃』とのコラボレーション。
あちらの夢主さんはデフォルト名「神谷麻」という女の子です。



黒き帳の堕ちる頃 × 燔祭の羊






神様と魔女



黒の教団本部、その修練場のとある個室で、何かを引っ掻くような音がしていた。
その音以外は静寂が支配する室内に、エクソシストの団服を身に纏う人物が二人。
画用紙に黒鉛を走らせる神谷麻の後ろに、フロワ・ティエドールが立ち画板を覗きこんでいる。

「よく描けてるじゃない」
「本当ですか?」

麻は嬉しそうに言って、手近に置いたテーブルから小さくカットされた食パンをとり、
画用紙に走らせた黒鉛を微調整する。
するとそこへ、部屋に面する通路から声がかかった。

「ティエドール元帥」
「おや、
「おはよう、
「麻もいたんだ。おはよう」

入室してきたのは、同じくエクソシストの団服に身を包んだ
彼は室内をしげしげと観察し、不思議そうな表情で師弟を捉え直した。
が訊ねるより先に、ティエドールが答える。

「今日は美術の修業だよ」
「ああ、なるほど」

ティエドールが貸しきった個室の中央には、果物や小瓶などが雑多に置かれた
テーブルがあり、その正面に麻が画板を手にして座っていた。

「任務時に特徴つかんだ絵が描けると便利だしね。人捜しとか。
ユーくんは面倒くさがって、こういうの全然付き合ってくれなかったから」
「ユウは動く方の修業バカだから……。じっとしてたら死んじゃうんですよ、きっと」
「マグロなのかなぁ、あの子」

はっはっはっ、と明るくティエドールが笑い、も薄く微笑む。
二人を見上げる麻の視線に気づき、は「あ、ごめん」と口にした。

「邪魔しちゃったね。俺、もう行くから」
「ううん。せっかくだし、も何か描いてったら?」
「え」
「そうだね。まだ道具あるし、描いていきなよ。

突然の誘いに、は端正な顔立ちに戸惑いを映す。

「いやでも、俺あんまり得意じゃないし」
「大丈夫だよ。私なんか、最初棒人間からのスタートだったからね!
はい、歴戦の数々」

麻はパン屑を置くテーブルに一緒に置かれたファイルを、に差し出した。
それを受け取り、はページをめくる。
ファイリングされているのは、麻が描いてきた絵だ。
彼女の言う通り、最初の方は人間が棒だ。
しかし、ページを繰るごとに、着実に上手くなっていくのが分かる。
静物画のデッサンも最初はぺたんとした平面だが、徐々に陰影もつき遠近感も出ている。

「上手いか下手かより、描きたいか描きたくないかだよ。

ファイルからが顔を上げると、ティエドールが優しく笑った。

「もちろん強要はしないけど」
「描いてると自然と無言になっちゃうから、話し相手がいてくれると私は嬉しい」
「……じゃあ、少しだけ」

ティエドールから道具一式を受け取り、は麻の左側に少し間を空けて、
椅子を置いた。彼が腰かけたのを確認し、ティエドールが口を開く。

「次、何描きたい? メーカー・オブ・エデンで出せるものなら、何でも出すよ」
「イノセンスの使い方間違ってません? 元帥」
「でも、この部屋の雑貨類、ほとんど元帥がイノセンスで出してるよ」
「便利だなぁ……」

この修業では常習的なことらしく、平然としている麻に、は苦笑する。

、決めていいよ」
「いいの?」
「うん」
「そうだな……。アート・オブ・神田出せますか?」

の希望を聞き、ティエドールがイノセンスを発動する。
あっという間に精巧な神田ユウの人形が、神の結晶の力によって作り出された。
団服姿の人形は、姿だけ見れば本物の神田との違いは分からない。

「おぉー」

と麻は、思わず拍手をティエドールに送った。

、神田描きたかったの?」
「描きたかったっていうか、見てみたかった? 近くで観察する機会あんまり
なかったから。それにしても、黙ってたら本当美人だな。こいつ」
「口開かなかったらね」
「キミら、神田に手厳しいね」

アート・オブ・神田を間近から観察していた二人は、「さて」と本題に入る。

「どうしますか、さん。美人は難易度が高いですよ」
「でも、どうせなら本物がやってくれないことさせたいと思いません? 麻さん」
「それは確かに。と言うと?」
「満面の笑顔」

こくり、と頷いた二人はティエドールを見る。
はいはい、とティエドールは頷くと、アート・オブ・神田に指示を出した。
真顔だったアート・オブ・神田の表情筋が動き、笑顔をつくる。
それを至近距離で見ていたと麻は、数秒沈黙した。そして。

「……うん」

と、が先に声を発する。

「この路線はやめよう」
「やっぱり安心感が一番だよね」

こくり、と再び揃って頷き、二人はティエドールに戻して欲しいとお願いした。
結局、いつもの仏頂面のアート・オブ・神田を題材にデッサンを始める。
ティエドールもいつの間にか椅子に座り、二人とは対称の位置で絵を描き始めていた。
描いた線を幾度も消しながら、は眉を寄せる。

「全身描くって、難しいな……」
「だったら、上半身だけとか顔だけとかにしたらいいよ」
「限定するのか……。それならいけるかな?」

描き始めてしばらくは互いに集中し、二人の会話は途切れた。
粗方の線を引き、後は細部を描きこむ段階になって、ようやくポツポツと会話が戻ってくる。

「麻、ティエドール部隊には馴染んできた?」
「おかげさまで。元帥もマリさんも優しいし、チャオジーは……まだ距離感
測りかねてるけど、神田もいろいろフォローしてくれたりもするし。
ティエドール元帥に拾ってもらえて感謝してる」
「……そっか」

が髪と同色の金色の睫毛を、柔らかく伏せる。
向かいから「ずびっ」と鼻をすする音がし、二人の視線が同じ方向を捉えた。
今まさに話題に上がったティエドールが涙ぐんでいる。

「ボクこそ、麻が入ってくれて嬉しいよ……。一緒に絵描いてくれるし、
話も聞いてくれるし……。娘ができて本当に嬉しい……」
「わー、元帥! 画板守ってください、画板! せっかくの絵が!」

ハンカチを取り出したティエドールに、麻はほっとして浮かしていた腰を椅子に戻した。
黒鉛を再び画用紙にあてて、隣のに話しかける。

「ティエドール部隊だけじゃなくて……やリナリー達にも感謝してるよ。
こんな扱いづらい私と、変わらず接してくれて」

麻はと同様、二つのイノセンスを所有しているが、二つとも寄生型だ。
『不死』と『爆発』の能力を持つ。
五つ上の実兄もエクソシストだったが、彼は教団を裏切った。
そして結果として、実妹である麻が彼を討った。
その特異な経緯と状況から彼女自身、他のエクソシストとは違う意味で
厳しい環境下に置かれている。

「扱いづらくなんかないよ。別に麻の本質が変わったわけじゃない」
「ありがと。でも、知ってる? の『教団の神様』の対義語で、
私が『教団の悪魔』って一部の団員の間で呼ばれてるの」
「教団の悪魔? 麻が?」
「もしくは魔女?」
「何それ……っていうか、どうして少し楽しそうなの」
「悪魔は嫌だけど、魔女って何かかっこよくない?」

深刻な話題のような気もするが、麻のタフな言動のためか、そこまで重さを感じない。
は小さく肩を竦めるように苦笑する。

「確かにちょっと響きはかっこいいけど……。いいの? それで」
と正反対ってことはさ。と私は近くにいるけど、遠いんだよ」
「うん……?」
「だから、私だけは赦さなくても大丈夫」

麻の言葉に、がほんのわずか目を瞠る。

は『教団の神』と呼ばれる。
幼い頃にイノセンスを二つ授かり、ヘブラスカの預言では『神の寵児』とまで言われた。
そういった諸々も重なり、次第に教団の中で定着・浸透していった。
彼の纏う空気もまた、説得力を持たせる独特な力がある。
心身共に疲弊し弱り切った者たち、何かに縋りつきたいほど絶望する者たち、
救いになる光を求める者たち、様々な人間が彼に赦しを願う。
そして彼は、それらを受け止め、応えるのだ。

(でも、だったら、は誰が赦してあげるんだろう?)

入団した当初から、麻の中でもたげていた疑問は、月日と共に少しずつ大きくなった。
だからといって、どうすることもできなかった。
と同い年ではあるが、キャリアも人望もある彼に、経験の浅い麻が
どうこう意見することなどおこがましいと、そう思った。
しかし幸か不幸か、麻もまたとは違う意味で、注目を集める存在になってしまった。
他とは隔された見方をされ、様々な感情を向けられ、晒される。
その重さを知って、改めてを思った。

と私じゃ、向けられている感情も視線も別ものだけど)

おこがましくても、余計なお世話でも、麻はと“何でもない関係”を築きたい。
彼が肩肘を張らなくて済む、ただの友人になりたい。
そうあれるなら、今自分を取り巻く環境も、甘んじて受け入れられる。


「……急に、どうしたの。麻?」
「何でも。私はの味方だよって話」

は黒い目を丸くし、二度瞬くと、力の抜けた笑みを浮かべた。

「俺も、麻の味方だよ」
「ありがとう。嬉しい。……、もう描けた?」
「だいたいね。麻は?」
「私もだいたいは」
「じゃあ、せーので見せようか」
「うん。せーの……」
「元帥」

二人が画板を出す直前に、今までなかった声が割り込んだ。
振り向くと、今まで眺めていた人形と同じ姿の、本物の神田ユウが戸口に立っていた。
彼の後ろには、ノイズ・マリもいる。

「おや、ユーくんにマーくん」
「その呼び方やめてください」
「師匠、我々と約束した修業の開始時刻を過ぎています」
「あ、本当だ。すまないね。夢中になっちゃって」

てへ、と年甲斐もなくお茶目に頭を掻くティエドールに、すでに慣れきっている
ティエドール部隊の二人は、渋い表情と苦笑をそれぞれ顔に浮かべる。

「つか、何だそれは。勝手に人出してんじゃねェよ……!」

部屋の中央にモデルとして座っているアート・オブ・神田を、神田が睨みつけた。

「いいじゃん。ユウ。減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃねェんだよ。だったらテメーもやられてみろ。
「黙ってたら美人なのに勿体ない」
「ねー」
「うるせェ、見比べんな!」

アート・オブ・神田と、本物の神田を交互に観察すると麻は、
怒鳴られても特に堪えた様子もなく気楽に笑っている。
賑やかになった室内で、ティエドールは口角を柔らかく上げ、
黒鉛で線を画用紙に加えていく。
彼に近づいてきたマリが、見えないながらもティエドールの画板を覗きこんだ。

「楽しそうですね。師匠」
「分かる?」
「はい。……何を描かれていたんですか?」

ティエドールが描いていたのは、アート・オブ・神田ではなかった。
画板を手に話しながら絵を描く、と麻を描いていたのだ。
そこに、先程神田の姿も加わった。
画面いっぱいに映る彼らと、目の前の光景を眺め、ティエドールは
満足げに微笑んだ。

「愛しくて大事な、ただの日常だよ」









こんなほのぼのな空気、私には出せない……!!
科学反応って、凄いなと思います。
一体、彼はどんな絵を描くんだろう……と思ったり、
師匠から何かを受け継ぐって素敵だなぁ……と思ったり。
ティエドール元帥のもとで麻ちゃんが、健やかに生きてくれたらと
この世界観ではとても難しいことを、願ってやみません。
吉野さん、改めまして本当にありがとうございました!
180511