燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









09.赦された盾









任務の説明書と共に回された、上からの命令。
コムイは耳を疑い、神を呪った。
まさかこんなに早く、リナリーを任務に出すなんて。

「(……ボクが、来たからか……っ)」

まだ、あんなにイノセンスを怖がる彼女を?
まだ、この建物の中すら一人で歩けない彼女を?

――自分の、妹を?

拳を握り、机に叩きつけた。

「くそっ!」
「わっ」

司令室の入り口から聞こえた声に、溢れ出た存在感に、体が固まった。
無視は出来ない。
いつの間にそこに居たのだろうか。
心がせき立てられ、入り口を向いた。
目と目が合うと、いよいよ逃れられない。
彼は微笑む。
張り詰めた糸を、溶かされた。

「どうしたの?」

コムイが口を開くより先に、が問う。
笑みを崩さず、淀みなく歩み寄る彼の手には薄い書類。
思えばつい先程、初任務から帰って来たと連絡があった。

「あ、いや……」
「ただいま。はい、報告書」

十三歳の少年が書いたとは思えない、美しい筆跡。
それに驚いている間に、彼の目は隠しそこねた手元の書類に移っていた。
気まずい沈黙が流れる。

「リナリーを行かせるの?」
「……そうだよ」
「あの子はまだ戦えないよ」

の淡々とした声。

「……分かってるよ」
「分かってるのに……殺す気なんだ」
「っ、ボクが望んでやってることだと思うのか!?」

コムイは思わず声を荒げた。
逆に、強い瞳に射抜かれる。

「思わない。でも今のリナリーは、出たら生きて帰って来れないよ」

言葉に詰まったコムイ。
不意にが視線を横に流す。
風に吹かれたような微笑みを浮かべ、彼はコムイの手から書類を抜き取った。
リナリー・リーと書かれた箇所には二重線。
すらすらと書き込まれた名前は、
彼は書類を差し出し、笑った。

「はい」
「……え?」

意図する所が分からず聞き返すが、既に書類はコムイの手に押し付けられていた。

「リナリーの任務、全部俺に回して」
「ちょ、待って
「行かせたくないんでしょ?」

澄んだ、深い漆黒がコムイを見上げる。

「だけど、それじゃキミが……」

コムイは言葉を切った。
本心と、それを覆う仮面の隙間を満たす、限りなく優しい微笑。
こちらの想いは全て、見透かされているに違いない。
暖かな風に包まれる。

「(今なら、彼なら)」



――赦してくれる



「適合者なんだから、送り出す日が来るのは分かってる。だけど」

年下の子供に、自分は何を言っているのだろう。

「……妹なんだ」
「うん」

けれど、この狭い世界の中では。



「……助けてくれ……」



「貴方が、望むなら」

やっと見つけた、心を預けられる場所。
縋ることを赦してくれる、希望の光。

「っ……、ごめん……」
「ううん」

目を伏せて微笑み、彼はぽつりと呟いた。

「だって俺も……今度は守りたいんだ」

その微笑みが、この世の何よりも輝いて見えた。








(主人公13歳)

090903