燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









06.無題









「ねぇ、俺ついさっき任務から帰ってきたところなんだけど」

はふてぶてしくボトルをテーブルに置いた。

「ほー、そりゃあ大変だったな」
「大変だったんだよ。なのに何で今、師匠に酒を注がなきゃいけない訳?」

クロスが笑う。

「ん? お前が注ぐと旨いから」
「気持ち悪いから離れてくれる?」

素っ気なく言って、はフォークを手に取った。

「いいじゃねぇか。どうせすぐ寝る訳じゃないだろ」
「良くないよ、疲れてんの。クラウド元帥は? いっつも彼女を引きずり込んでるくせに」
「あいつはお前と入れ代わりで任務だ」
「タイミング悪っ」

肩を落としつつ、フォークをアップルパイに刺す。
夜食にも遅い時間だが、寄生型の身としては嬉しい間食だ。

「おいしい……」
「大体なぁ」

頬を緩めたを見て、クロスが呆れ気味に溜め息をついた。

「師の頼みだろうが、ちっとは孝行心ってものを……」
「なに、不満? ちゃんと来てやったのに」
「そうだな。パイに釣られて、な」
「それが嫌なら部屋に戻ります」

と、パイの皿を持って立ち上がりかけたが、団服を引っ張られて未遂に終わる。

「チッ……」
「何か最近、舌打ちが様になってきてないか?」
「身近に見本が居るからね」
「神田か」

クロスの遠い目も無視して、はまたフォークを口に運んだ。
横からグラスが突き出される。
は、フォークを口にくわえたまま、コルクを抜いてボトルを傾け、ワインを注いだ。


「ふ?」

クロスがフォークに手を掛けた。

「注ぐ時くらい抜け」
「ふわえへう……!」
「だから抜けって」

素早く引き抜かれたフォーク。
は恨めしげにクロスを睨み上げ、フォークを取り返す。

「くわえてる時にフォーク触んなっ」
「くわえながらワイン注ぐな」
「んだよ、いつもの事じゃん」

ふて腐れてそっぽを向くと、声が追ってきた。

「外でソレやるなよ、行儀悪い」

この人格破綻者に説教をされるとは。
何か言い返してやろうとクロスの方を向き、は脇に置かれた『断罪者』に気付いた。



呆れた。



「……師匠、また教団抜け出すつもり?」

クロスが噎せた。

「おま……何で分かった」
「ソレ」

『断罪者』を指さす。

「いやにしっかり磨いてるから」

溜め息一つ、クロスはワインを呷る。

「密告するなよ」
「しねーよ。今度は何処に?」

最後の一切れを口に入れ、はフォークを置いた。
軽い音が立った。

「分からん」
「は?」
「任務ついでの脱走だ、深く考えるな」
「……一応任務はやるつもりなんだ……」
「お前オレを何だと思ってやがる」

は再び突き出されたワイングラスに応え、ボトルを傾ける。
紅の液体がグラスを満たす。

「出発はいつ?」

クロスがグラスを回した。

「明日。朝には出てる」
「ふぅん」

ボトルをテーブルに置き、栓をする。
そしては、何食わぬ顔でワイングラスを奪った。

「あ? オイ何やって……」

中身を半分ほど飲み、グラスを返す。

「喉渇いた。一口ちょうだい」
「事後承諾かよ」
「あとソファーからどいて。寝る」
「ここはオレの部屋だ」
「ベッド占拠していいの?」

しばしの睨み合いの後、渋々といった様子でクロスが立ち上がった。
は団服を上掛けの代わりに使いながら、満足そうにソファーに寝転がる。

「寝れんのか?」
「ん……今日は大丈夫」
「そうか」

悪趣味な柄のベッドに腰掛け、クロスがグラスの残りを呷った。
再び、コルクの外れる音。

「師匠」
「何だ」
「いってらっしゃい」
「……おう」








(主人公15歳)

090828