燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
56.飴と鞭
揺すられる肩。
それが余計に心地よい眠りを誘う。
コムイは何もかもがどうでも良いような気になって、微笑んだ。
「リナリー愛してる、結婚しよう」
「うわああああああ!!」
脳が急速に覚醒し、跳び起きた。
反射的に武器を取り出す手に、誰かの手が添えられる。
見上げれば悪戯な微笑。
「おはよ、コムイ」
「…………」
「さっきのは嘘だから安心して」
リナリー、ここには居ないし。
そう言って笑いながら、彼は傍を離れた。
いつもとは違う黒のシャツ。
適当に留められたボタンの隙間から、包帯が覗いている。
白い筈のそれに、染み出す黒を思わず見咎めた。
「ちょっ、」
「あ、そうだ、コムイ」
はこちらに背を向け、ソファに置かれた大きなバスケットを開ける。
後ろ向きの彼から放り投げられた物を、反射的に両手で受け止めた。
重みを手に伝えるのは、新鮮な林檎。
「はい、差し入れ」
「ありがとう……じゃなくて、!」
「ん?」
振り返った彼は、長いフランスパンを携えてこちらへ歩いてきた。
よく見ればパンには切れ込みがあり、ポテトサラダが挟まれている。
「何?」
「何って、血が」
「ああコレ? へーきへーき」
「笑い事じゃないでしょ!」
「なんだよ……」
が不機嫌な漆黒をコムイへ向けた。
「後で包帯替えてもらうって。昼飯くらい、いいじゃん」
「……ちゃんと行ってね」
うん、と満足そうに彼は頷き、パンに囓りついた。
コムイも受け取った林檎を見つめ、少しだけ囓った。
「にしても、どうしてここで食べてるの?」
「ん、ほんとは、科学班で食べようと思ったんだけど」
パンを飲み込みながら、彼は笑う。
「コムイの監視、頼まれてさ」
「げっ!」
半分おどけて、半分本心で呻く。
否、半分以上が本心かもしれない。
彼はコムイの「限界」をよく分かっている。
故に、全力で頑張ってようやく終わるノルマを科すのだ。
頼めば手伝ってくれるし、休憩もしっかりくれるのだが、如何せんそのノルマが厳しい。
コムイのジレンマとは裏腹に、パンを頬張って、彼は楽しそうに目を輝かせた。
「逃がさないからな」
「うえー、ひどいよひどいよ! ちょっとくらい見逃してくれたって!」
「じゃあ皆にも休憩させてやりなよ」
眉を下げながら、は横目にコムイを見て、ドリンクに口をつけた。
コムイも再び、今度はもう少し大きく林檎を囓った。
「ボクもう三日徹夜だよ!」
「兄貴は五日目だって言ってたよ、ジョニーが」
「そ、それはそれで……凄いな、リーバーくん……」
あっという間にフランスパンを食べ終えたが、ソファに戻る。
バスケットから出した新しいサンドウィッチを手に、金色が振り返った。
「はい、頑張って頑張って。コムイが終わらないと医務室にも行けないんだから」
「ひ、卑怯だぁ!」
そう言われたら、やらざるを得ないではないか。
コムイは半ベソをかいて声を上げる。
がくすり、とそれはそれは綺麗に笑った。
「何とでもどーぞ」
(主人公14歳)
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