燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









53.覚悟









静かな部屋を、クロスの声が満たす。
いくら話し掛けても弟子の声が返ってくることは無い。
確かに、起きてはいるのだが。

「ほらその、さっき言った店。そこで食ったスープが美味かったんだ」

遂に内容は、普段なら決して話さないような、本当に些細な所にまで行き着いてしまった。
それでも、ぼんやりと沈み込みがちな彼の意識を、少しでも光に留めておきたくて。
一人笑いながら話し続ける。

「今度行ってみるか? なに、オレ達なら団員くらい簡単に撒ける」
「――もう一度、」

呟きを、拾った。
きっと今までの話は、の耳に入ってはいない。
けれどそれよりも、彼の意識がこちらに上がって来たことの方が大事だ。
クロスは、少し屈んで聞き返した。

「もう一度、……預言は、もらえないのかな……」
「どうした?」

漆黒が、クロスを見上げる。

「アレンの預言、聞いた?」
「『時の破壊者』だったか」

が頷いた。

「……もう一度預言を貰えたら……俺も」

拘束。
瞳に宿る光は、身を竦ませる。

「僕も、神様と関わりのない言葉を、貰えると思う?」
「(無理だ)」

適合者だと判る前から、は特異な空気の支配力を持っていた。
「神の寵児」。
神を厭う彼にとって、この預言が枷でしかないのは分かっている。
しかし、彼に下される預言に、これ以上のものがあるだろうか。
答えは決まっている。
だからこそ、視線を逸らせない。

――ああ、きっと

預言はもう、現実になりつつある。
存在を食い尽くす勢いで加速する現実は、人間が背負うには重すぎる。

――きっと、貰える

望む答えを渡して気が済むなら、荷が軽くなるなら、言ってやりたい。
けれど、彼は全てを見抜いてしまうから。
見抜いた上での微笑みを、見たくはないから。

「……無理だろう」

クロスは、絞り出すように答えた。
漆黒に宿っていた光が、消えた。

「そう」

視線を逸らし、が天井を見上げる。
胸の上で、くっと握られた毛布。

「……そうだよね」

クロスは落ちる瞼を追うように、布団に手を置いた。


「寝る。そこに居て」
「……ああ」

震える、細い息。
浅く動く、胸。
目を瞑ったは、ふわ、と笑った。

「ありがとう」
「……どうした」
「師匠は、絶対嘘をつかないから」

手が、胸から滑り落ちる。
何故か心に沸き起こる焦り。

?」
「貴方に聞けて、よかった」

君の微笑みの、意味が分からない。








(主人公18歳、Night.57〜Night.58)

140412