燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
49.異文化
「あらー! じゃなーい! 神田もラビも、何にするー?」
「蕎麦」
「んー、じゃあ俺はカルボナーラにするさー! は?」
「ん? んー……俺、蕎麦」
衝撃の一言の後から、神田の機嫌が微妙に良いのは気のせいだろうか。
というより、今まで散々蕎麦を馬鹿にしていたが何故それを頼んでいるのだろうか。
罰ゲームか何かか? まさか。
ラビは目まぐるしく脳みそを回転させながら、神田をじっと見つめている彼に声を掛けた。
「?」
「……っ、え、何?」
「いや、伸びるさ」
「あー、うん」
よく見ると、彼が見ているのは神田ではなく、その手元だった。
「(箸か)」
自分も不確かにしか覚えていないので、どうにも教えられない。
やがてはそっと箸を取り上げ、一度ぎゅっと握り締めてから、見よう見真似でごそごそし始めた。
「……おい」
「あーユウ動くな! 見てんだから!」
「あ、ああ」
神田は箸で蕎麦を持ち上げた姿勢のまま、固まっている。
しかし四苦八苦していたは、なんとか形だけでも箸を持つことに成功したようだ。
「わ、うわ! 持てた!」
「成功さ、! 後は食べるだけさ!」
「おう!」
「……俺は動いていいのか……?」
は神田の言葉も無視して、早速盛り蕎麦に箸を差し入れた。
彼にしては本当に珍しい、ぎこちない仕種で蕎麦を挟み、ぐぐっと上に持ち上げる。
「そうさ! ファイト!」
「ん……っ」
その瞬間、ぼてぼてっと蕎麦がざるに落ちた。
「……」
「……ま、まぁ、ドンマイさ」
「……下手くそ」
「んだとこのぱっつん!」
「んだとこのとんちんかん! つーかワサビ入れろ!」
喚きながら、神田がのめんつゆにワサビをといた。
金色の彼は「ワサビって何」という顔をしているが、ラビは放っておくことにした。
は何度も、持ち上げては落とし持ち上げては落としを繰り返している。
この余りにも珍しい光景に、いつの間にか食堂にはギャラリーが出来ていた。
「、ざるの端から蕎麦落とせばいいさ」
「ああ、確かに。そうする」
ラビのアドバイスに、はざるの端に蕎麦を集め始めた。
そしてめんつゆの中に的確に落としていく。
くるくるとかき混ぜて、いたって慎重な面持ちで、彼は蕎麦を持ち上げた。
ずる、ぱしょっ、という悲しい音が聞こえた。
「……」
「……ま、まあ、ドンマイさ」
「……下手くそ」
がフッと笑った。
箸を置く。
「あー……、さん?」
「知らねぇんだよ、こんなの」
そしてめんつゆの容器を口に付け、
「あー! !」
「この馬鹿!」
「あああああ!!」
ラビ、神田、ギャラリーの悲鳴の中、彼はつゆごと蕎麦を飲んだ。
沈黙。
「しょっぱ!!」
「当たり前さ!!」
「つゆは飲むもんじゃねぇんだよ!!」
「誰か水持ってきてあげてー!!」
「ジェリーさぁぁぁん!!」
食堂は俄かに騒がしくなった。
はジョッキに注がれた水を、一息に飲み干している。
「っあー」
「落ち着いたさ?」
「うん、あー、しょっぱ」
神田が呆れたように緑茶を飲んだ。
「チッ、俺があんな食い方してたことあるかよ」
「んー、でもユウなんか普段真面目に見てないからさ」
黒髪の剣士の、こめかみがひくついた。
ラビは慌てて割って入る。
「いやいやまあまあ、な? いい経験さ」
「ん、思い知ったよ」
ジョッキに水を注ぎ足し、はまたそれを傾けた。
はぁ、と息をついて一言。
「日本料理しょっぺえ」
「(自業自得さ!)」
今だけは、神田と息があった気がした。
(主人公17歳)
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