燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









47.告解









その晩は、一段と月が美しかったと、思い出す。









コツ……コツ……
ペン先と紙が擦れ合う中に、ゆったりとした足音が響く。
私は書きかけの日記を閉じ、ランプを片手にそっと部屋を出た。
此処は教会、夜更けの来訪者が無いわけではない。
しかし、それにしては些か切迫感が欠けていた。

コッ――

足音が止まる。
柱の隙間から、聖堂を覗いた。



月光を受ける十字架。
祭壇の前に佇む、背中。
輝く黄金。



開きかけた口を、慌てて塞いだ。
あの、後ろ姿は。

「(、様?)」


この街の奇怪を解き明かした、エクソシスト。
黒の教団サポーターなら知らない者は無いといわれる御方。
「教団の神」とも称される彼と、我らが神の十字架をひとつの視界に収める日が来ようとは。
満ち満ちる厳かな空気に息を詰め、小さく身震いをする。

「神父様」

唐突に、静かな声がこちらへ向けられた。
常に心穏やかに在れ、との遠き日の誓いは簡単に破れ、私はビクリと肩を跳ね上げた。

「っ、はい」
「人は、死んだらどうなるのですか」

彼は十字架を見つめたまま、微動だにしない。
私は柱の陰から一歩、二歩進み出て、彼の遥か後方に立った。

「誰もが平等に、神の国へ招かれるのですよ」
「平等に?」
「ええ。主は私達を等しく、順番に招いてくださるのです」

微笑んで述べながら、考える。
質問の意図は何処にあるのだろう。
エクソシストは国籍豊かであるから、異なる宗教の信奉者がいてもおかしくはない。
しかし、彼はこの辺りの国籍に思える。
ならばこの手の話は幼少の内に教会で教えを耳にしている筈である。

「神が……」

呟いた彼は、傍らの長椅子に手を添えて、僅かに顔を俯かせる。
今回、住民の一人が命を落とした。
そのことで心を痛めているのだろうか。

様」

団員が殉じれば、それがエクソシストであろうが探索部隊であろうが、必ず彼が弔うという。

「貴方が心を痛めることは、ないのですよ」

苦しそうに、哀しそうに、酷く悔しそうに。

「亡くなられた彼は、貴方に寵を授ける主のもとへ召されたのです」

関わりの少ない相手であっても、遍く向けられる眼差し。

「そして、地上では貴方の心に留め置かれた。こんなに幸せなことは無いでしょう」
「……神の元へ往くのは、『幸せなこと』ですか?」
「ええ、きっと」

私は、微笑んで告げた。
神に、そして寵児に思われて迎える最期。
看取られず逝く者も多いこの世で、それはどんなに、恵まれた最期だろう。

「そう……ですか」

空気が、泣いた気がした。
彼が振り返り、微笑む。

「ならば、」

彼が、顔を上げた。

「死は、救いなのでしょうか」

人目を惹く彼の尊顔は、月明かりを背にした今、陰になっているのに。

「死が救いなら、生きることは、罰ですか」

二つの漆黒が、まっすぐ私を見つめていると分かった。

「生きていて欲しいと願うことは、……罪ですか?」

静かな、けれど畳み掛けるような声。
澄みきったテノールの響きが天井に跳ね、聖堂を満たした。









彼らが発った夜、私は聖堂の入り口に立ち、聳える十字を見つめた。
あの黄金は、もう行ってしまったけれど。

――すみません、忘れてください――

私は未だ、問いの答えを探している。








(主人公18歳)

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