燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









45.神様の休息









『寂しく、ない?』

初めて会ったとき、彼はこっそり聞いてきた。
今まで自分にこう尋ねた人間は居なくて。
だから、驚いたと同時に、ほんの少し嬉しかったのだ。



――気付いてくれた









フォーは廊下を駆けた。
バクの呼び声が聞こえる。
それでも振り返らずに、走った。

「(なんで)」

支部の周りをうろつくアクマを追い払う為、本部エクソシストの力を借りた。
きっとが来るのだろう。
ひそかな、しかし支部全体のその期待が外れることはなく。
だからこそそれが、室長と支部長の仕組んだことだとは気付かなかった。

「(嘘だろ)」

彼がフォーを守るために張った黒い盾。
目の前で崩れた身体。
だって「聖典」の副作用なんて。

「(そんなの、聞いてない)」



いつの間にか自分の結界の扉に来ていた。
立ち寄ったエクソシストも、探索部隊も、幾度となく、この扉の前で人を送った。
そのまま帰ってこなかった人の方が多い。
自分を造った人なんか、遠い昔に居なくなってしまった。



そっと揺らぐ風に、心を乗せる。

「どうして」

振り返れば、壁に凭れたその姿。

「……バクから聞いてるかと思ってた」

珍しく彼は笑わず、言った。
いつからそんな表情をするようになったのか、フォーは知らない。
年に一度は、確かに会っている筈なのに。

「……聞いてない」
「ごめん」
「聞いてない」
「……ごめん」



「知ってる? 一人ずつ、みんな居なくなる感覚」

一人でいるのは、辛くて。
けれど馴れ合ったその後はもっと辛くて。
それでも、もうその温もりを忘れられなくて。

「あたしだけ、置いていかれんの」

時間だけが流れ、人は変わっていく。

「心なんか、要らなかったのに」

寂しさに気付きさえしなければ。



空気が動く。

「……知ってると思うよ」

紡がれた声に、フォーは顔を上げた。

「皆が居なくなる感じ、知ってるよ」

バクが心配してるから戻ろう、と。
手を取られ、彼の背を見ながら歩き出す。
ひどく冷たい手。
出会った頃よりも大分伸びた背丈。
もう随分遠くなった黄金が、眩しかった。

「分かんの?」
「多分ね」

自分と同じ、神様だと思っていた。
ずっと自分と同じだと、思っていた。

「……分からないでよ」
「ははっ、どっちだよ」

きっと今までで、いちばん寂しい。









――君まで、私を置いていくなんて








(主人公16歳)

120922