燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









44.つぐないのことばを









――あのさ、クロス……









ゆっくりと意識が浮上する。
クロスは、重たい瞼を上げた。
窓枠で頬杖をついたまま、少し眠っていたようだ。
ゴトゴトと汽車は揺れる。
ここは一等車だが、揺れの大きさは普通車両と大差ない。
窓の外を眺めながら、膝の上の頭に意識を向けた。
母親の死でも堪えていたのだ。
今回のことはこの少年が、否、この歳の少年が受け入れられる限度を超えてしまったのだろう。
村を出た頃から、は昏々と眠り続けている。
クロスはその頭を撫でようとして、躊躇した。
この責任の一端は、クロスにあるのだ。
はただ、巻き込まれたに過ぎない。

「(……あの馬鹿)」

罵ってみても仕方が無い。無力だったのは、自分。
それでも、主の黄金を受けて傍らで鈍く光る、漆黒の銃が憎い。

「(適合者でさえなければ)」

は、その時死ねただろうに。









が身じろぐ。
今度は一度拳を握ってから、クロスはその金色を撫でた。



大儀そうに持ち上がる瞼。
茫洋とした、虚ろな瞳。
漆黒に光は無く、焦点も定まらない。

「水、飲むか?」

取り敢えず声を掛けたものの、彼は瞬き一つしなかった。
きっと耳になど入っていないだろう。
独特の存在感も、すっかり鳴りを潜めている。
汽車が大きく曲がった。
突如、無表情のうちに、漆黒だけが怯えを孕んだ。

「どうした?」

差し込む西日。
柔らかな黄昏の中、はただ縋るように、クロスの団服を握り締める。

「……どうした?」

もう一度聞けば、彼は小さく横に首を振って、クロスの腹に顔を埋めた。
の体は小刻みに震えていて。
クロスは気休めに、頭を撫でてやった。
沈黙の中、車窓の景色は穏やかに流れ、陽はゆっくりと陰っていく。

「 ――っ」

の体から力が抜けた。
不意のことで、思わず彼を落としてしまいそうになり、慌てて膝の上に置き留めた。
汽車に乗るというのは、にとっては初めての経験だった筈だ。
それが、こんな形で過ぎていく。

「…………」

少年は応えない。
震えは止まらず、血の気は失せている。
何が原因なのか、クロスには全く想像がつかない。
詳しいことは、何も知らないのだ。
彼が、いつか自分から口を開くまで。

「……    ……」









黄金の氷は溶けるのか、砕けるのか。








(主人公9歳)

120715