燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









43.ありがとう









五日振りに帰った自室、五日振りに手にした着替え。
リーバーは部下達を引き連れ、大浴場へ向かった。
各々疲労の色は濃いものの、やっと取れた休息に心を踊らせていた。
脱衣所の扉を開けたタップとジョニーが破顔する。

「ひゃっほー!」
「お湯の匂いだぁ!」

わーい、と子供のように駆け出した二人へ、リーバーは苦笑した。

「慌てなくても風呂は逃げないぞー」

けれど久方ぶりの湯の香りは、自身にも安らぎをもたらす。
大きく深呼吸して、傍らの脱衣カゴを手に取った。

「ん?」

ふと、隣のカゴに目が留まる。
誰かの衣服。
無人だと思っていた大浴場だが、どうやら先客がいたらしい。
もしそれが探索部隊だったなら。
この喧騒は、ただでさえ良くない仲をもっと悪くするかもしれない。

「おいお前ら、ちょっとは静かに……」
「おっ先ー!」
「ああっ!」
「狡いぞジョニー!」

そう思い、一応声を掛けてはみたものの、浮かれきった班員達の耳には届いていないようだ。

「……って、聞いてないか」
「班長ドンマイ」

落とした肩に、ロブがポンと触れる。

「あれー!?」

真っ先に浴室へのドアを開けたジョニーが、驚いた、それでいて嬉しそうな声を上げた。

!」

未だ脱衣場に残っていた面々がどよめく。
リーバーもタオルを腰に巻き、中を覗いた。

「あ、お疲れ」

湯気の向こうで、の柔らかな笑顔が科学班を迎えた。
ちょうど体を洗い終わったのだろう。
湯船の端に腰を下ろす彼を見て、リーバーは大切なことを思い出した。

「オイお前らー! 体洗ってから入れよー!」









洗い場争奪戦は未だに続いている。
いち早く体の隅々まで磨いたリーバーは、隣の班員に髭剃りを貸し、場所を空けた。
体と共にさっぱりした気持ちで視線を巡らす。
隅の方、緑の入浴剤が溶け込んだ湯船に、金色の横顔が見えた。
湯から出ているのは、服に隠れて普段は気付かない、しなやかな筋肉に覆われた上半身。
近付いてみると、其処には大小様々な傷痕が窺えて、リーバーは僅かに目を細めた。

ー……ん?」

湯船の縁にしゃがみ、俯いた顔を覗き込む。
背後の喧騒に混じって微かに聞こえるのは、穏やかな寝息。
静かに目を閉じた人形が、こくり、こくり、と舟を漕いでいた。

「(ああ、昨日帰って来たんだっけ)」

戦争の最前線で、彼は惜し気なく敵と味方の狭間に身を晒すのだという。
支援に於いても限りなく後方に位置する自分達には、その姿を目にする機会はない。
しかし、リーバーの知る彼の姿も、大半が団員に安らぎを与える微笑みに占められている。
それを強いたのは自分達だというのに、彼はいつ休んでいるのかと不安になった。

「(疲れてるよなぁ……)」

何の気なしに頭を撫でてやろうとして、片手を挙げる。
ふと、昨日の昼頃の様子を思い出した。

「(……ん? そういえばコイツ、病室に引っ張られていかなかったか?)」

何で此処に居るんだ。
気付いてしまうと血の気が引くのは早く、リーバーは慌てての肩を叩いた。

、起きっ……ろぉ!?」

滑る足。
傾く視界。

「んぅ……ッ、兄貴!?」

の驚いた声を聞きながら、リーバーは頭からドボンと湯に突っ込んだ。
思い切り水を飲み込んだが、頭を打つ直前に強い力で素早く引き揚げられる。
背中を叩かれ、それにつられるように、飲み込んだ水が逆流してきた。

「うえっ、げほっ、げほっ、ごほっ、」
「えっ、班長!?」
「どうしたんスか!?」

お湯なのか涙なのか分からない液体を拭って目を開けると、沢山の顔が自分を覗き込んでいる。
降ってくる声に答えを返す前に、湯船の縁に座らされた。

「兄貴」

湯船に危なげなくしゃがんで自分を見上げるのは、漆黒。
リーバーを引き揚げたのは、間違いなく彼だ。

「落ち着いた?」
「あ、ああ……げほっ、悪い」

湯船に集まる泡だらけの班員にも、軽く手を払って大丈夫だと告げる。
散っていく班員。
だけが、隣に腰掛けた。

「大丈夫?」
「ああ、もう平気だ。いやぁ、驚いた」
「俺もびっくりした。見事なダイブだったね」
「忘れてくれ……」

己の情けなさに苦笑が零れる。
がトン、とリーバーの肩を叩いた。

「疲れてんだって、兄貴は。自覚した方がいいよ」
「いや、オレは別に」
「その隈じゃ説得力無いから」

向けられたのは、綺麗な微笑み。

「いつも、ありがとう」

後方に位置しすぎて、感謝されることなど殆ど無い仕事。
だからか、疲れた身体に、その言葉は甘く染み渡った。









「やっと見つけたわよ、!」
「あーあ、バレちゃった」
「やっぱ抜け出したのか、お前」
「っていうか婦長! ここ男風呂!」








(主人公18歳)

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