燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
42.盾と剣(つるぎ)
俄かに騒がしくなる食堂。
蕎麦から顔を上げると、科学班の面々にリナリー、そしてが見えた。
多分仕事が一段落したのだ、随分楽しそうに話をしている。
しかし、食堂の騒がしさの原因は主に、彼が現れたことだった。
先程まで食事をしていたはずのサポート派が、に群がっている。
うっかり器に入りそうになった髪を退け、神田はまた蕎麦に集中した。
ゴトッ、
重い音を立てて隣に置かれたガラスの器。
漂うカレーの匂いに顔を上げると、金色がこちらを見下ろして笑っていた。
「良かった、やっぱり蕎麦だ」
「ちっ……向こう行けよ」
「お邪魔しまーす」
「聞いてんのかテメェ」
文句を聞き流し、彼は隣に腰を下ろした。
楽しそうに、サラダと林檎が溢れた器へフォークを刺している。
「何でこっち来るんだよ」
「んー? だって向こうだと気、遣うじゃん」
訝って彼を見る。
ウサギ形の林檎を大事そうに避けて、彼はレタスを口に入れた。
「いつもの事だろ」
「蕎麦伸びるよ」
横目に指摘されて器を見ると、大分汁が減っていた。
慌てて箸を取る。
ずずっと音を立てて啜ると、声が聞こえた。
「昨日、夢見悪くてさ」
「あ?」
「伸びるって」
が笑う。
何も返さずに蕎麦を啜ると、その音に隠れるように、彼がまた口を開いた。
「我慢出来そうに無い。でも……ユウなら、蕎麦と天麩羅だから」
神田は目だけを上げて、科学班の方を見た。
リナリーを除いて全員が肉料理を体の前に置いている。
一年ほど前。
確か、ティエドールとマリ、クロスを入れた五人で食堂に行った時。
「好き嫌いしちゃダメよ、。ここに来てから一度もお肉食べてないじゃない」
そう言って、ジェリーが彼のメニューに、追加でハンバーグを出したことがある。
途端に、は青ざめた。
そしてクロスに支えられながら、吐くものが無くなるほど嘔吐を繰り返したのだった。
赤髪の元帥いわく、旅の間もずっとその調子だったらしい。
この騒動以降は、ジェリーもコムイも、彼に肉料理を無理強いしなくなった。
今が食べているカレーも、肉の代わりに豆が入っている。
「……だったら、一人で食えばいいじゃねぇか」
「それだと、あからさまに皆とは食べたくないって感じだろーが」
だからお前は、世渡りが下手なんだよ。
そう、は笑った。
「ちっ」
「ちっ、じゃなくて。はい、お礼にひとつ」
天麩羅の横に置かれた、一切れの林檎。
いらねぇ。
そう言って突き返すと、彼は少し肩を竦めた。
神田は箸を持ち直す。
「お前だって世渡り下手だろ」
「うーん……ユウにだけは言われたくないけど」
そうかもね、と瞳が「微笑む」。
「逃げ場にして、ごめん」
「……ふん」
好きにしやがれ。
返ってきた笑顔が、くすぐったかった。
(主人公14歳)
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