燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









37.心の在り処









悶々とした気持ちを抱えて、ラビは一人屋上へあがった。
重い扉を押し開ける。
視線の先に、黒い団服。

「(誰も居ないかと思ったのに)」

フードを被ったその姿は、先の任務に同行したエクソシストを思わせる。
まさかと思いながらも、ラビは声をかけた。

……?」

彼が振り返り、フードは外れた。
心の内に吹き込む暖かな風。

「(ああ、コレだ)」

何物にも囚われない筈のブックマン師弟を、虜にした空気は。

「あー……ジュニアか」

浮かべられた微笑みに引き込まれそうになって、ラビは慌てて頭を振った。

「ジュニアか、じゃねーさ! 何やってんさ、怪我は!? つーか今日は絶対あんせ」
「うん、抜け出してきた」
「駄目じゃん!」

悪びれもせずに笑い声をあげる
ラビは急に疲れた気持ちになって肩を落とした。
視線も落としたついでに、彼の胸元に巻かれた包帯をちらと見遣る。
ふと気を抜いた一瞬、アクマに囲まれたラビを守った代償だ。
黙ってしまったラビに、が苦笑した。

「ごめん、気まずかったろ」

何を指してそう言ったのかはすぐに分かった。
経緯を説明したときの、探索部隊や医療班の視線の話だ。

「いや、あれはオレが悪かったんさ……」

無言でラビを責めた、いくつもの瞳。
当然だ。
探索部隊に犠牲者を出した上に、教団の神に怪我を負わせたのだから。
寧ろコムイの優しい出迎えが、堪えた。









堪えた……?

――いや、俺はブックマンだ

神様?
犠牲者?

――俺は、ブックマンだ









人間は無力で愚かしく、人の死はただの記録。
すぐに一行の言葉の塊になってしまうもの。
自分は、その一行をただ追うだけでいいのに、否、それだけでいなくてはならないのに。
人の死に心動かされてはいけないのに。

「(どうして)」

こんなに気持ちが塞ぐのか。

「ジュニア?」

の心配そうな声が、どこか遠くで聞こえた。



任務の度、死を身近に感じる。
多くが、昨日一昨日、親しげに言葉を交わした筈の団員。
自分が振り撒いた嘘の笑顔を信じて、笑ってくれた人達。
温かな人々。

――彼らを、求めてしまった



不意にラビは顔を上げた。
空気を染めたのは、こちらを見上げる柔らかな笑み。

「……どうした?」

暖かさに溺れる。
胸の内が膨らむ。
留めておけない。



記録者でありながら、感情に焦がれた自分を。
記録者を隠れ簔にして、死から目を背けようとした自分を。









「……赦して……」



「お前が、そう望むなら」









御前では、ただ一人の「自分自身」でいて良いのだと。
神様に認めて貰いたかった。









!」
「ラビ!」









四十九番目の名前。
それはまるで、免罪符。








(主人公16歳)

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